日常の微かな亀裂から深い歪みに到達する。細密さの果てに一度見たら決して忘れることのできぬものに達して、世界の秘密を暴く。

長崎弁を使って等身大の男女の葛藤をこまやかに織りあげる松田の劇作と、 平田の緻密な演出の息がぴったり合い、それに俳優たちの新鮮で抑制の きいた演技が加わって、まれに見る舞台が生まれたのである。 （中略）松田正隆や平田オリザが進める「解像度の高い」演劇が現代演劇に何をもたらすのか、 私たちはさらに注意深く見守る必要があるだろう。
◎扇田昭彦／ダンスマガジン 1997年10月号より抜粋

平田オリザの仕事の面白さは、この日常の断片を様式化することによって、 この隠された世界を舞台に立体化するところにある。 彼は日常の微かな亀裂から深い歪みに到達する。 細密さの果てに一度見たら決して忘れることのできぬものに達して、世界の秘密を暴く。
◎渡辺 保／テアトロ 1997年9月号より抜粋

静謐な舞台から幾条もの物語の糸がたちのぼり、次第にそれが複雑な文様に紡がれて綾をなしていく。 「月の岬」は、見る者にそういった演劇ならではの楽しみを堪能させてくれる舞台であった。
◎衛 紀生／読売新聞 1998年9月4日「読売演劇大賞 受賞者と作品」より抜粋

松田の長崎弁は原爆や大水害の死の記憶を内包しているのだが、 その「イデオロギー性」をいったん徹底的に取り払い、 せりふの構造のみをクールに洗い出して現代人の底知れぬ魂の孤絶を、 青白い岬の月の光とともに描出していた。解体し、再構成する平田の演劇的手法は土着的な芝居、 つまりは資質的に対極にある作品に向かったとき、最良の成果をあげるという逆説が成立するように思う。
◎内田洋一／悲劇喜劇 2000年7月号「劇作家は歌を歌うか」より抜粋