産経新聞の原稿

2016年7月10日

『ニッポン・サポート・センター』の初日のアフタートークで、高橋源一郎さんと対談し、「正しいことばかりだと考えなくなる」といった話題になりました。その時に、最近一番考えて書いた原稿の例として私は、産経新聞への寄稿をあげました。
以下がその文章です。
産経新聞という媒体と強く意識して書きました。選挙後に、「平田オリザは、この原稿を書くにあたって、何をどう工夫したのでしょう」といった授業をしてくれる国語の先生が、日本に何人かでもいるといいのだけど。
ネットでも読めます。

http://www.sankei.com/politics/news/160705/plt1607050003-n1.html

 十八歳から二一歳までの、今年初めて国政選挙に行く皆さんへ。もう投票する人、投票する政党は決まっていますか? 私の大学の学生たちからも、何を基準に決めていいのか分からないという声をよく聞きます。正直、私もよく分かりません。今回は特に争点の見えにくい、あるいは野党側が争点の設定に失敗した選挙だと思います。
私は、どちらかといえば安倍政権には反対の立場です。しかし世の中には、安倍さんが大好きだったり、アベノミクスにまだ期待している方たちが多くいることも理解しています。いや、期待はしていなくても、野党の政策があまり鮮明でなく、何をやりたいのかよく分からないと言う人も多いと思います。
 アベノミクスが成功したのか失敗したのか、それぞれの立場の方は、自分に都合のいい数字しか出してこないので、どちらもあまり信用できません。「アベノミクスのここは成功したけど、ここは失敗したよね。あるいは、ここは、もう少し結果を待ってみよう」というように、きちんと説明してくれる大人が皆さんの周りにいればいいのでしょうが、実際には、そういう柔軟性を持った人は少ないのが現状です。
働き始めたばかり、あるいはまだ働いたことのない皆さんに、いまの日本が昔より良くなっているのかどうかを考えることは難しいと思います。まして未来のことは、誰にも分かりません。この人に投票すれば、この政党に入れれば、日本の未来は必ず良くなるなんてことは誰にも言えません。もしも、そんなことを自信を持って言う人がいたら、あまりその人のことは信じない方がいいと思います。
では、どうすればいいのでしょうか。
それでもいくつか、多少長く生きてきた、私なりのアドバイスを考えました。
投票したい人がいなければ、よりましな人に投票するべきだという意見をよく聞きます。正論なのですが、あまりに正論なだけに皆さん、「そう言われてもなぁ」と感じるかもしれません。ただ、今回の選挙に関してだけは、この正論をちょっとだけ信じて欲しいのです。
 いま、日本の政治が抱える大きな問題の一つは、税金の使い方が高齢者向けに偏っているという点です。子どもや若者、あるいは子育て世代への支援が、相対的に低いと言い換えてもいい。その理由は、高齢者の方が人口も多く、さらに投票率も高いからだと言われてます。経済に余裕があった時代ならば、どちらも支援すれば良かったのですが、いまの日本は借金も多く、すべてにお金をばらまくというわけにはいきません。日本の将来を考えると、この比率を見直すべきなのですが、どうもなかなか難しいようです。多くの政治家は、自分に票を入れてくれる人の利益を一番に考えて行動するからです。そして、民主主義の原理からすると、それはあながち間違ったことでもないのです。
 今回の選挙の特徴は、多くの新しい有権者が生まれたことです。皆さんがたくさん投票すれば、どの政党も、若者たちの票を獲得するために、次の選挙から若者向けの公約を多く出してくるでしょう。政治家は子どもや若者のために働くようになるでしょう。
 繰り返します。未来について確実なことは、ほとんどありません。ただ一つだけ言えることは、今回の選挙で、たくさんの若者が投票に行けば、その投票先がどこであろうと、日本の政治が変わる可能性があるということです。この不確実性の時代に、こんなに確かな事柄は滅多にありません。このチャンスを逃さないでください。
いろいろな事柄を考えると、どこに投票していいのか分からないという人もいると思います。どこの政党も公約は似たり寄ったりです。でも、細かく見ていくと違いもあります。「ヘイトスピーチを促進する」なんて政党はありませんが、性的少数者については記述している政党としていない政党があります。初めての投票は、そんな小さな違いが決め手でもかまいません。私は芸術を生業としているので、文化政策が公約にどれだけ入っているかをよく見ます。皆さんが実感の持てるところから、政党の公約を読んでみてください。
(2016年7月4日 産経新聞関西版夕刊)