『ソウル市民』フランスでの評価

 『ソウル市民』はフランスの演出家フレデリック・フィスバックによって今年7月、フランスのアヴィニョン演劇祭にて上演され(日本語上演・フランス語字幕付)、多数のマスコミに取り上げられました。中でもル・モンド紙は芸能面ではなく、一面トップに写真入りで上演を取り上げるなど、大きな反響を呼びました。
 それを受けて、フランス文化省より、『ソウル市民』の仏訳が、演劇作品クリエーション援助委員会で支援対象作品に選定され、翻訳者のローズマリー・マキノ・ファイヨール氏には3,000€が贈られました。今後3年以内に、この作品を一定の条件を満たす劇場で上演すると、フランス政府から13,000€(200万円弱)の制作奨励金が支払われます。
 また今年10月、青年団がヨーロッパでツアー公演を行う『S高原から』の上演と同時期にパリ、シャイヨー国立劇場において演出家アルノー・ムニエによる『ソウル市民』(フランス語)の上演が待たれており、平田オリザと青年団の活動はヨーロッパにおいて、今後ますます注目を集めています。

速報!
アルノー・ムニエ演出の『ソウル市民』も好評の内に幕を下ろしました。
こちらでリベラシオン紙、ル・モンド紙による劇評を掲載しております。


『ソウル市民』(フレデリック・フィスバック演出)劇評
〜『ソウル市民』、侵略のクロニクル〜 (Le Monde紙)

= 日本の平田オリザの作品によって、演出家フレデリック・フィスバックは20世紀初頭の無意識における支配の構造を探求することにした。 =

何の変哲もない一家。
1909年、翌1910年の日本の韓国併合を機に第二次大戦の終結まで続く日本の支配の年月として歴史に刻まれることになる、その直前の年に韓国で暮らす一家。
20世紀初頭のブルジョワでリベラルなこの家族は、文房具店店主の一家である。

7月21日(金)のアヴィニョンでの初日の上演の間、客席の端に控えめに座っていた日本人の作者平田オリザ。この日本に現れたチェーホフの孫とも呼ぶべき人物による『ソウル市民』は繊細で音楽的な作品だ。
2007年のアヴィニョン演劇祭アソシエート・ディレクターをつとめる演出家のフレデリック・フィバックは、2005年にこの作品を日本で制作しており、東京で小さな劇場を運営する現代劇作家平田オリザとは仕事の上で、そして友人としてそれ以前からよい関係を築いてきた。
彼らの協同関係は2000年、パリのラ・ヴィレットで上演された、あの美しい『東京ノート』以来続いている。

フレデリック・フィスバックは、観客が向かい合って座る2つの客席の中央にある、高い段の上に『ソウル市民』の小世界を繰り広げた。
そこには板の間、ちゃぶ台などあらゆるものがある。
篠崎家には父と彼の後妻と、母とは血のつながっていない1男2女、そして父の弟がいる。
また、話にはよく出てくるが登場しない祖父や、日本人と韓国人の召使、そしてこの伝説的物語を編纂しているとみられる書生が登場する。
彼らはいったん謎の手品師の来訪をうけるが、彼は助手ではなく、むしろ自分自身の姿を消してしまう。

平田演劇の中では、やってきては出て行き、お茶を飲みながらおしゃべりしたり、夕飯の献立の議論するといった非常に平凡な日常はあるが、そこではしかし、特別なことはなにごともおこらない。
ただ、そこには単なる平凡な日常にはとどまらない、底通するさまざまな問題が伴っており、この劇中では日本による併合はまだ実現前夜だが、すでに側面的支配は人々の身近に浸透している。
では側面的支配とはいったいなんだろうか。支配者としての庶民のことだろうか。それらはどのように言葉や、料理や、毎日の暮らしに根付く習慣、そして文化に置き換えられていくのだろうか?

日本と韓国、男と女、親と子、主人と召使、簡素な素材と絹のように豊かな素材による織物、これらの関係を巧妙に差し挟むことによって、平田は無意識における支配の構造を暴き出そうとしている。
そういった意味で、本質としては日本的なこの作品だが、キモノを脱いでしまえば真の普遍的な価値を持ちえるし、たとえば、アルジェリア、インドなど、どの植民地の状況においても同様の問題は起こりえる。
これが偶然ではないことは疑う余地なく、しかも『ソウル市民』の示す問題は30歳から40歳の演出家は特に関心を集めるところなので、来シーズン、アルノー・ムニエの手によるシャイヨー国立劇場での上演も期待を持って待つとしよう。

ただここでは、この作品が日本語を書かれているため、われわれがアヴィニョンで見るような場合にはその点が魅力でも限界でもあるということもいわねばなるまい。素晴らしい、愛すべき、時に笑いを誘う、ユーモアに満ちた俳優たちのおかげでこの作品の魅力は大いに引き出された。しかし、舞台周縁で繰り広げられる、ビッグニュースをもたらすわけでもない登場人物たちの意味のない踊りのようなものが醸し出す、無用な厳粛さをフィスバックは披露してみせたが、これはやりすぎであった。
最も印象に残ったのは、篠崎一家というわれわれの同類が暮らすタタミすれすれの高さに観客の目線があり、普通の間取りが歴史的に作用したという点である。
〜ソウルの悪戯〜 (Liberation紙)

アヴィニョンの釜のような気候では、午後の終わりは観劇に適した時間帯ではない。

はっきりしない天気の日でさえ、ミストラル高校の体育館ではぐったりするにはもってこいだ。
フレデリック・フィスバックはそのような場所で悪戯っぽいがそれでいて洗練されている、とても滑稽なのに少々難解な作品を上演した。
彼がこの会場で、数々の不安要素を払拭して見せたことは高い評価に値する。

初日の公演では、まず言葉の壁を感じた。
2時間に及ぶ日本語のせりふは、いくらリズミカルな字幕があっても更なる工夫を要すると思った。
平田オリザの作品には大抵20人程度の俳優が出演しており『ソウル市民』でも、16名分のせりふの訳を読まなければならなかった。
この芝居の不可思議なコードで統制されたような様式もまた、難解さを感じさせる要因の1つである。
異文化に対する無理解の様相を示すことがまさにこの作品の中心的なテーマである。

2000年の『東京ノート』以来、フィスバックは作者の平田とともに輝かしい協同作業を今も模索しており平田は西洋演劇にとって、そしてボスオ・ストラウスのような劇作家にとって注目すべきテキストを書いている。

ところで、フィスバックは、この作品をぎりぎりのところで、様式化された美しさへと引き戻すことを楽しんでいるように見える。
彼は冒頭で、作者によるト書きを西洋演劇における、たとえば“宮廷へ”や“庭園へ”の出入りを示すように俳優に読み上げさせている。
フィスバックの演出における装置に関していうと、言葉を不条理に帰すという点は別としても、この芝居の一段高くなった舞台が漠然と能舞台を想起させる。
舞台の外へ目を向けると、お面をかぶった人や何もしていない人が次々と貼り紙や習字をコラージュしていく。
俳優たちは、間を受け入れるには、少々やりずらそうで、彼らはせりふを途中でとめたり、不安そうだが楽しそうな視線を投げかけたりする。
まるでこの服従を前に、目撃者となること選び取っているかのように。
そして、自分に訪れたものが何なのか、正確には理解できていない人々もまた、同様である。

これが、1910年の併合前夜の韓国で暮らす日本人家族を描き出した『ソウル市民』に見られる歴史の全容である。
この植民地で暮らす日本人たちは、保守的で偏見、思い込み、そしてばかばかしさに満ちているが、たった3つのせりふをしゃべらせるだけでも、彼らそれぞれのキャラクターに深みを与える粋というものを平田が持ち合わせているからこそ、彼らは魅力的に見えるのだ。彼は、この作品で冷酷でいて滑稽な人々のポートレイトを掲げている。
それは例えば、この家の娘たちが次のように現地の言葉について論じるシーンとなってあらわされている。
「あの音は文学には向いていないのよね」
この芝居は、アイディアに溢れている。
姿を消してしまう手品師、ひとちがい、とっぴな場面など、たくさんの注目すべき発明や多様性に溢れてるが、もっと堂々とした観客が見るに値するのかもしれない。
今秋パリで上演される平田オリザの2作品
今年10月のパリは、セーヌ川を挟んで『ソウル市民』と『S高原から』の競演です。

○青年団ヨーロッパツアー公演『S高原から』
作・演出 平田オリザ
出演 志賀廣太郎 永井秀樹 たむらみずほ 辻美奈子 秋山建一 松井周 月村丹生 端田新菜
  能島瑞穂 古屋隆太 田原礼子 古舘寛治 井上三奈子 大竹直 村井まどか 山本雅幸

<日程・会場>
10月6日〜14日 パリ日本文化会館(フランス・パリ) http://www.mcjp.asso.fr ※フランス語字幕付
10月20日〜22日 テアトル・ドゥ・ムーラン・ヌフ(スイス・エーグル) http://www.moulin-neuf.ch ※フランス語字幕付
10月26日〜28日 テアトロ・ヴァッシェロ(イタリア・ローマ) http://www.teatrovascello.it ※イタリア語字幕付


○アルノー・ムニエ演出『ソウル市民』("Gens de Séoul")
作 平田オリザ
演出 アルノー・ムニエ Arnaud Meunier

<日程・会場>
10月5日〜28日(月曜休演) シャイヨー国立劇場(フランス・パリ) http://www.theatre-chaillot.fr


『ソウル市民』(アルノー・ムニエ演出)劇評
日本の虚無、その外縁にアルノー・ムニエが挑む
「ソウル」、平田における人の出入り (Liberation紙 10月18日付)


 アヴィニヨンから数ヶ月の時をおき、フレデリック・フィスバックとロラン・グットマンに続く三人目のフランス人演出家として、アルノー・ムニエが平田オリザ作品を取り上げた。美しくも空虚な文体から湧き上がる奇妙な日常性。他の平田作品同様、『ソウル市民』においても出来事らしきことは殆ど起こらず、主な動きは舞台への人の出入りのみだ。

居間
 平田戯曲特有の外縁の雰囲気が伝わってこなければ、舞台上のアンサンブルは、統計表に置き換えられるほどに、非常に機械的に律されている(すべての時間がカウントされているのだ)。彼の戯曲の舞台は、常にこうした中間の場、人々が行き交うだけの場所が選ばれている。今回の篠崎家の居間では、舞台空間をほぼ占有しきった大きなテーブルの周りに、家族や使用人、客人がやって来ては、お茶の時間に些細な言葉を交わしていく。作品全体の舞台はソウルだが、登場人物の大半は日本人の設定だ。1910年の日本による韓国「併合」の一年前、韓国における日本人入植者たちである。そこで交わされる話題は、食習慣や家の内装工事や詩について。商業を営む、この典型的なブルジョワ家庭では、皆が好き好きに話をしている。彼らに恐ろしい支配者の様相はない。むしろ、善意をもって原住民を教育しようとしているのだ。「文化を与えれば、どんな国でも文学を持てるのよ。韓国だってそうよ」と長女が言い放つ。父親が文房具店を営んでいるのも偶然ではなかろう……。

ニュートラルな舞台美術
 日本の新しい首相がナショナリストであること(彼の祖父は戦犯である)を引き合いに出すまでもなく、この種の人種差別は現代社会にも見られる現象だ。演出家アルノー・ムニエは、誇張なしに、最近の植民地主義の正当化に関する論議をも視野に入れた演出を行っている。そのため、装置と衣装は際立ってニュートラルであり、特定の文化や時代は感じさせない。

音楽性
 今夏のアヴィニオンで、フィスバックは同作品を大胆な演出で提示したが、対照的に、アルノー・ムニエは作品に何ひとつ加筆しようとはしない。とりたてて新しい解釈を求めることもせず、ただ戯曲の音楽性に寄り添うことだけを心がけ、17人の役者の指揮のみに徹し、作品に可能な限りの広がりを残そうとしている。なかでも最も謎めいた部分として挙げられるのは、手品師の「失跡」と、その後の「助手」の登場であろう。そして、この、幕切れらしくもない終わり方。人物は皆、家族の集合写真をのぞきこんでいる。壁は透明になっていく。それは、それぞれの記憶に耳を澄ますことを、求めるかのように。
無邪気な入植者たちの静かな傲慢 (Le Monde紙 10月21日付)

 日本の戯曲家平田オリザによる「ソウル市民」。観客がシャイヨー劇場の座席に腰掛ける前から、舞台上のテーブル後方に、役者が一人座っている。装置は赤、その中で明るい部分が扉を表現している。男は静かに茶をすすり、ただそこに出入りするだけの他の登場人物と短い言葉を交わす。ずっと前からそこにいたかのように、観客がそこにいないかのように・・・。観客全員が席につくと、まだ客席の明るいうちから最初の台詞が聞こえてくる。
 開演の儀式の欠如した、この何時からとも分からない始まり方によって、観客は、人物たちがもう随分と前から演技をはじめているのかと思いこみ、目の前で演じられている舞台に一気に引き込まれていく。
 日本による併合を一年後にひかえた1909年の韓国。比較的裕福な日本人家庭が舞台である。

良心と、不躾さと
 祖国を離れ、この地に暮らす文具商。こちらで生まれた子供たちもすでに成長している。ブルジョワかつ極めてリベラルな家庭だ。作家志望の書生と、満州に行く予定の主人の弟も共に暮らしている。この家庭では、主人も客人も使用人も皆が同じテーブルを囲み、何気ない口調で社会や国の違いについて語り合う。
 けれど、そこに亀裂が生じる。文学少女の長女は、韓国人も「皆と変わらない人間だ」と言い、日本語を学ぶことにより「韓国人でも」文学をやることができるようになるからと言って、併合を心待ちにしている。この会話は、使用人たちの目の前で語られるのだ。この家庭で育てられ、日韓両国語を話す韓国人少女の使用人もそこにいる。
 小さなやりとりから、この優しき人々の限りない傲慢、自ら疑うことのない良心、どこまでも不躾な態度がかいま見えてくる。演劇的な盛り上がりも、劇的な効果もなく、長男の無謀な家出や、父の弟の渡航計画にさえ、人物は皆、平静を保っている。やがて姿を消す手品師の出現とその滑稽さについても、ただ面白おかしい場面なのか、何か難解な象徴を読み取るべきなのは定かではない。
 ばかげた会話と韓国人のおとなしさ、そして幾つかのコミカルな場面に途方に暮れる観客もいれば、その一方、「日本のチェーホフ」と呼ばれるこの作家の魅力を楽しむ観客もいる。平田は、正直かつ高慢な支配者たちの恐ろしき不条理を、その一滴一滴を滲ませるように、判断も尋問もなしに、ただそのまま描くことに徹している。
 彼の作品の常だが、登場人物が多く、衣装が判別の手助けとなる。活き活きとして快活なアルノー・ムニエの演出は、過度な「日本化」を避けながらも、ずれた感覚や軽やかな違和感を生んでいる。原文の通りに「ええ」や「ええー」、「ああ」を使い、挨拶時には役者に御辞儀をさせる。母親役のエリザベット・ドルには、そのか細いシルエットに芸者を思わせるような滑らかな動きを与えている。