ソウル市民三部作連続上演にあたって

『ソウル市民』初演(1989年8月 こまばアゴラ劇場)
 1989年、『ソウル市民』がこまばアゴラ劇場で初演された当時、この作品を観ていただいたお客様の数は、500人あまりだったのではないかと記憶しています。
 私たち自身は、この作品を創り上げることで、劇団が大きな転機を迎えたことを実感していました。また、この作品によって、おそらく私たちは、日本演劇史に名を残すだろうという予感さえもありました。もちろん、そんなことを考えていたのは、私たちだけだったでしょうが。
 17年の歳月が経ち、『ソウル市民』は、日本の演劇史どころか、世界の演劇界に挑戦するまでの作品に成長しました。「ポストコロニアリズム」といった名称すら流通していなかった80年代に書かれたこの戯曲が、いま、冷戦後に書かれた最も重要な戯曲の一つとさえ言われていることは、望外の喜びです。

 『ソウル市民』は、トーマス・マンの『ブッテンブローグ家の人びと』を意識して書かれました。ある一家の三代に渡る年代記のようなものを、一時間半の凝縮された時間と空間の中に醸し出すことはできないかと、1989年、当時26歳の私は考えたのでした。
 『ソウル市民』の成功を受けて、『ソウル市民1919』を書き、今年『ソウル市民 昭和望郷編』を書くことで、この作品は、本当の意味での年代記としての完成を見ます。この三部作が、日本の植民地支配の実態を見据える叙事詩のような作品群になればと願っています。
 三作品同時上演においては、青年団の俳優陣の充実ぶりにもご注目ください。戯曲が次々に消費され、忘れ去られていく日本演劇界にあって、一つの戯曲が17年間上演され続け、また続編を次々と発表できることは、何よりも劇団という存在があってのことだと思っています。
 ぜひ、多くの観客の皆様に、この節目の公演に立ち会っていただければと思います。
平田オリザ