青年団

青年団

青年団は平田オリザを中心に1983年に結成された劇団です。私たちは、平田オリザが提唱した「現代口語演劇理論」を通じて、新しい演劇様式を追求してきました。このまったく新しい演劇様式は、90年代以降のわが国の演劇シーンに少なからぬ影響をあたえ、演劇界以外からも強い関心を集めてきました。

従来の日本演劇に対する平田の批判の中核は、西洋近代演劇の移入をもとに始まった日本の近代演劇は、戯曲の創作までもが、西洋的な論理で行われてきたのではないかという点にあります。このために、日本語を離れた無理な文体や論理構成が横行し、それにリアリティを持たせるために俳優の演技までが歪んだ形になってしまったと平田は考えてきました。

「ときには聞き取れないような小さい声でしゃべる」「複数の会話が同時に進行する」「役者が観客に背を向けてしゃべる」などが青年団の演劇様式の外見的な特徴であり、当初は、こういった点だけが強調して伝えられてきました。しかし、これらの特徴はすべて、これまでの演劇理論を批判的に見直し、日本人の生活を起点に、いま一度、新たな言文一致の新鮮な劇言語を創造し、緻密で劇的な空間を再構成していこうという戦略にもとづくものです。青年団は、確固とした演劇理論にもとづいた舞台づくりのなかから、常に演劇の枠組みそのものを変えるような、新しい表現をつくりあげていこうとしています。

また、青年団は、青年団に所属する演出家が、劇団内で不定形のユニットを作り、平田オリザが支配人を務める「こまばアゴラ劇場」を中心に、独自の企画を行う公演として、2002年度より「青年団リンク」を立ち上げました。企画、制作、広報などは、芸術監督平田オリザを中心に、本公演に準じる形で行われます。「青年団リンク」を通じて、青年団は、複数の演出家、劇作家、多数の俳優を有し、多彩な演目を観客に提供するという日本では珍しい「シアターカンパニー」を目指します。

平田オリザ

平田オリザは、日本の現代演劇界で、いまもっとも注目されている劇作家・演出家です。平田は、大学在学中に劇団「青年団」を旗揚げし、以来、一貫した演劇方法論によって、持続的な活動を続けてきました。平田の提唱する「現代口語演劇理論」という実践的で新しい演劇理論は、『現代口語演劇のために』などの著作にまとめられ、90年代以降の演劇界に強い影響を与え続けています。

また、平田自身が支配人を務める「こまばアゴラ劇場」は、青年団の本拠地であるばかりではなく、日本全国の劇団のほか海外の劇団との相互交流をはかる現代演劇の発信地となっています。平田は、フェスティバル・ディレクターを務める大世紀末演劇展などを通じて、10年以上にわたって、地域の演劇を東京の観客に紹介してきました。この先見性は、90年代に地域演劇が大きくクローズアップされる原動力となってきました。

99年春には、利賀新緑フェスティバルでもフェスティバル・ディレクターを務めるなど、その活動は、大きな広がりをみせています。さらに近年は、合同プロジェクトやワークショップを通じて、フランスをはじめ韓国、オーストラリア、アメリカ、アイルランドなど海外との交流も深まっています。また、2003年度からは、新しい教育指導要領に基づく国語教科書の中に、平田のワークショップの方法論が採用され、年間で三十万人以上の子供たちが、教室で、演劇を創るようになっています。

他にも障害者とのワークショップや、自治体やNPOなどと連携した総合的な演劇教育プログラムの開発など、青年団は他に例を見ない多角的な演劇教育活動を展開しています。

現代口語演劇

平田オリザのとなえる「現代口語演劇」は、90年代に大きな注目をあつめ、わが国の現代演劇にすくなからぬ影響を与えています。

人間は日々の生活のなかで、大恋愛や殺人事件ばかりを繰り返しているわけではありません。人生の大半は、これまでの演劇が好んでとりあげてきた大事件とはまったく無縁な、静かで淡々とした時間によって占められています。平田オリザはそのような静かな時間を好んで演劇の題材にとりあげます。人間が存在することは、本来が驚きに満ちたことであり、その存在自体が劇的です。人間の生活はそれ自体が本来、楽しく、優美で、滑稽で、間抜けで、複雑で豊かな様相を内包しています。私たちは、その複雑な要素を抽象化しながら舞台上に再構成し、その静かな生の時間を、直接的に舞台にのせようとする試みをつづけています。他の同世代の劇団と際だって異なる青年団の特徴は、その実践過程と演劇理論を、『現代口語演劇のために』『都市に祝祭はいらない』『演劇入門』『芸術立国論』などの著作やワークショップを通じて、常に社会に開き、問いかけ続けてきた点にあります。平田オリザと青年団は、こうした実践的で新しい演劇理論にもとづいて、これまでになかった演劇様式を、一歩一歩着実につくりあげてきました。私たちは、「現代口語演劇」が、そのすべての完成をみたときに、現代日本社会の錯綜する精神状況を映し出すことのできる真の「現代演劇」が誕生するのだという自負をもって、日々の創作をつづけています。