杉山至のイタリア日記

02/05/18(土)

---一日中図面描き---

久しぶりにパソコンに向かい図面を描く。
一つは7月から始まる青年団の再演「海よりも長い夜」の図面。
私が研修で日本に帰れない(この文化庁の在外研修員は決められた
期間内は日本に帰国することは基本的にできない)
ので、細かいところまで図面で指示しなければならない。
その分いつもより、神経を使う。

もう一つはトニーノさんから頼まれた、彼が設計した(計画のみ)
ポータブル劇場の図面のトレース。

いつもそうだが、舞台美術の図面を描く時は必ず
劇場の図面からトレースする。
(まあ、一度トレースした劇場はそのままその書類を使うが)
トレースすることにより、設計者がどういう考えで
劇場を造ろうとしたのかを自分なりに考えることができるからだ。
バトンの位置、客席のカタチ、舞台の間口、高さ、バックヤードの広さ等々。
その違いをトレースしながら考える。
それから美術の図面を描く。
劇場空間との対話という感じだろうか。

だから、このトニーノさんの設計した劇場のトレースも同様。
8角形の形態をした円形劇場のようなサーカス小屋のような、
それでいて、しっかりとイタリアが歴史的に展開してきた劇場の形態
(ギリシャ、ローマ、ルネッサンス、パラーディオの劇場等)を意識していたりと、、。
もう半年近くもトニーノさんの仕事を見てきて
彼がどう考えてこの線を引いたのかと考えつつ、、。

しかし考えるのはやはり日本のことだ。

日本はどのようにヨーロッパがギリシャから受け継ぎ、
育ててきた、この劇場という建築を持ち込んだのだろうか、、。
他の西洋の文化と同様、それを持ち込む段階で
なぜ歌舞伎や能や地芝居といった日本の伝統と断絶してしまったのだろうか?
もう一度、この断然を考えてみたい、自分なりに。

しかし、ヨーロッパにいて、今のイタリアやフランスの若者から感じるのも
この同じ歴史的断然だ。
若者はやはりオペラはあまり観ないし、プレステのサッカーゲームやアニメに
夢中だったりする。
その点では我々日本も同様なのだ。
20世紀後半のグローバリゼーションがもたらした、無国籍性。
またしても、我々はどこにいるのか?

21世紀の我々はどう歴史や異文化と接合すればよいのだろうか?
21世紀の芸術はその融合の中にあるのだろう。

---今日のひとくちイタリア語---
Circo
「チルコ、サーカス」

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02/05/19(日)

---イタリアの喜劇を観劇---

今日は一日図面を描き、夕方テアトル・トトという
小さな劇場にイタリアの喜劇「Di piu non dico」
訳せば(もうこれ以上、言うこと無し)を観に行った。
美術は私の受け入れ先、トニーノさんの作品。

コメディア・デラルテ(イタリアの伝統的な仮面劇)
オペラ・リリカ(いわゆるオペラ)
オペラ・ディプローザ(シェークスピアのような物語劇)これがいわゆる
日本でいう演劇にあたる。
ミュージカル、それにテアトロ・コミコ(喜劇)。
テアトロ・スペリメンターレ(実験的演劇)
等がイタリアにおける演劇としてあげられる。
青年団の芝居は、おそらくテアトロ・スペリメンターレに分類される。

フランスのようなコンテンポラリーという概念が今ひとつイタリアの演劇や
ダンスの業界にはないようなのだ。
(だから青年団がイタリアで上演するのはなかなかむずかしそう。)

そして今日観たのはテアトロ・コミコ、吉本新喜劇のような
かなりどたばたな喜劇。
しかし、話しは結構おもしろかった。
ナポリに住む一家を取り巻く騒動。
娘がつき合っていた男性(アメリカの富豪)との間に
子供が出来てしまったらしい。
しかし、娘はそのアメリカ人が実はあまり好きでない。
これ幸いと出版業界で働く父は早速そのアメリカ人の青年の父を
家に呼んで、結婚の話しと自分のビジネスの話しを進める。
そこに、なぜか今日から雇うことになったアラブ人の掃除夫
ムハマッドがやってくる。彼が実はこの家の娘と大学で知り合い
つき合っていた貧乏留学生。
そして娘はお腹の中の子はその富豪の息子との子ではなく、
このムハマッドとの子であることを明かす。

それを聞き、父は具合が悪くなってしまうが、最終的にはアメリカ対アラブという構図で
結局この家(イタリア)は貧しいアラブの青年の方を取ることになるというもの。

基本的にはぼけとつっこみの応酬で、しゃべりは軽快に進む。
そして殆どナポリ弁(なので殆ど解らない)。

セットはナポリの中流の家、
最後になぜか父が家から麻薬が出てきて牢屋に入れられてしまうので、
その牢屋のセットとの2場面の芝居。
劇場は公民館か古い場末の映画館といった感じで、今の東京ではもう
殆どお目にかかれないようななんとも中途半端な感じ。

ナポリ弁の雰囲気とこの高度経済成長前期風の建物がなんだか、
不思議ななんともいえない雰囲気を出していた。

---今日のひとくちイタリア語---
Di piu non dico
「ディ ピユ ノン ディーコ、もう言うこと無し」

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02/05/20(月)

---250周年公演に向けて---

卒業公演のチラシのデザインが決まってきた。
しかしそれを観ると
CELEBRAZIONE PER IL 250°
ANNIVERSARIO DELLA FONDAZIONE
DELL`ACCADEMIA DI BELLE ARTI DI NAPOLI
となっている。
いわゆるこれは、ナポリアカデミアの250周年記念公演ということになる。
桜美林大学が輝かしき第1回の卒業公演とすると
このナポリでは250周年の公演なのだ。
なんとも、なんとも。
その記念公演に一応「写真」という役割で名を連ねたわけだ。

で作業の進行状況はというと、、。

舞台美術チーム---トニーノさんの工房に出かけて作業を行う。
ここ毎日は2〜5名ずつやって来てはトニーノさんの指導を受けながら
絵を描き、セットをたたく。

衣装チーム---ほぼ全員の衣装デザインが決定。学校でのんびりと作業開始。
特殊な髪の毛などから製作し始める。

模型チーム---これはトニーノさんのアイデアで芝居の上演とともに展示するための
巨大模型(スケールは1/10)2mx2m四方。
トニーノさんの話しでは今回の公演では展示もかなり重点的に行うとのこと。
記念公演ということもあるのだろう。
入り口から巨大な垂れ幕をたらし、模型と製作時の写真を展示する予定。

俳優---こちらもほぼ決まってきた。決定しているのはトニーノさん。
だからトニーノさんが製作&演出ということになるのだ今回の公演は。
アカデミアのこの舞台美術コースの学生も出演するが、重要な役は
外部からトニーノさんの知り合いの俳優を呼んできて交渉中。

公演は12月だが、7〜9月は学校は休暇に入ってしまうので、
今のうちにセットは製作しておこうという方針。
さあ、どうなる?

---今日のひとくちイタリア語---
Plastico
「プラスティコ、模型」

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02/05/21(火)

---テレビのエキストラ?---

よく解らない流れでテレビのエキストラをやる羽目になった。
こちらに2年在住のダイスケくんがその仕事を取ってきた。
彼は、ナポリではめずらしいニホンジンとして、CMに出ていたりする。

今回の仕事は
イタリアの国営放送「RAI」のあるバラエティ番組の1シーンの為、
ナポリにいる日本人がかり出された。
総勢10名前後。
ワールドカップで、駄目レポータが日本に来て、
取材をするという設定のコントシーン。
なぜかイタリアのサポーターの帽子を被らされ、旗を持たされ
後ろで取り巻くという役。

4カットあり、夕方6時近くから待機して終わったのは深夜12時過ぎ。

こんな形でワールドカップに関わるとは、、。

---今日のひとくちイタリア語---
RAI
「ライ、イタリア国営放送」

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02/05/22(水)

---オペラ「Manon@ teatro San Carlo」観劇---

昨日の深夜までのエキストラの仕事がたたってか、 午前中はダウン。

今日の夜のオペラに備えて、午後も休息。

時間を調べておかなかったのが悪いのだが、
今日は夕方6時開演ということで、
すれすれで切符を買って入場。
問題はぎりぎりに買うとボックス席の後ろの方しか
席が無かったりして、観にくいということ。

結局、3時間半ほどの演目の半分以上は立ち見で観ることに、、。
まあ、しょうがないこれも勉強。

全体の印象は正統オペラといった感じ。
フランス語による上演でイタリア語字幕。
4場5景。
内容はちょっとトラビアータ(椿姫)を連想してしまった。
美女と青年の出会い、逃避行。親との対立。
歴史と時代に翻弄され最後には女性が、
懐かしき幸福の時を思い出しながら死ぬというもの。

いつの時代もかなわぬ若い2人の恋はやはり永遠のテーマなのだろうか、、。

演出、セットともビスコンティ一派?の流れでとても正統派といった感じ。
美術は手堅く、オーソドックスなシーンの作り方、パースペクティブの見せ方、
転換等とても教科書的名感じ。
パンフレットを観てみたら、実際のプランニングは私が今回の研修で初めて観た
オペラ「タンクレディ」の美術を担当したのと同じ人であった。

途中、教会のシーンで巨大な鉄格子(紗幕に布を張り付け)に高窓からの光が
当たるという景があったのだが、その光のすじが全て「描き」であったのには驚いた。
そしてそれが、スモークとビームで出来る光の筋よりも、なんとも美しかったのだ。
イタリアオペラ美術の伝統技術の驚異がここにもある。

---今日のひとくちイタリア語---
gabbia
「ガッビア、檻」

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02/05/23(木)

---卵城での展覧会撮影---

午前中、トニーノさんに頼まれていた、
工房が製作した服飾美術展の完成写真を撮りに
卵城まで出かける。
5月の中旬だというのにナポリは急速に熱くなっている。
日なたを歩いていると、日射病になるんじゃないかというくらい
日差しが強い。
30分も歩いていると、目眩がしてくる。
シエスタがあるのもこの暑さだとうなずける。

一端家に戻り、ちょっと休んでからCDに焼いたその写真を
工房に持っていく。

なんだか、急に
工房があわただしくなってきた。
駆け込みで、ローマ野外劇場のこけら落とし作品
「ジュリアス・シーザー」シェークスピアの装置製作が入ってきた。
6月13日には仕込み、舞台は間口10間、奥行き7間ほどの大劇場サイズ。
その床全面&背後の開閉パネルがトニーノさんの工房での仕事、
他に鉄工所も仕掛けで請け負っているという大がかりなもの。
しかし製作期間は3週間弱というイタリアにしては超過密スケジュール。

あいかわらず、学生はマイペースで絵描き場で絵を描いているが、
下のタタキ場では次の物件の為仮組していた部分は解体。

どうもトニーノさんの仕事をみていると、彼は滅多に仕事を断らないようだ。
なんだか突貫屋と似ているような、、。

暇をしているより、断然生き生きしているトニーノさん。
明日から私は青年団の海外公演の為の下見でフランスにいってしまうが、
帰ってくるころには、どうなっているだろうか工房は、、。

---今日のひとくちイタリア語---
all`aperto
「アル、アペルト、野外で〜」

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02/05/24(金)

---今日はジェノバまで---

いよいよ、青年団の秋のユーロツアーが動きだした。
青年団の制作の松尾君とフランス、マルセイユで会うべく、
一路ナポリから北上を開始する。
しかし、ナポリは遠い。
陸路では2日かけないとフランスにたどり着けない。
そして今回の寄港地はジェノバということになった。

---ジェノバの街並み---

イタリアの3大海洋国家の一つだったジェノバ。
港街らしく、やはり危ない雰囲気が漂う。
しかし、またナポリとは違った危なさだ。
駅近くには外国人が溢れている。
ナポリの下町で暇そうにしている、通りのにいちゃん達と
一見同じように見えるが、明らかにこちらの方が問題は深刻そうだ。
不法労働、不法滞在。
この問題の為イタリア政府はピザの制限を厳しくしているという。
日本でも短期語学留学ではなかなかピザが降りなくなってしまったらしい。

昔からの港街ジェノバ。
今もアラブ、アフリカから人が流れてくるのだろうか。

街並みは複雑だ。
港の近く、サミットの時に再開発されたエリアの大通りを除けば、
旧市街は迷路のようになっている。
おそらく、海からくる外敵の侵入に備えての街路割りなのだろう。
港から登る道はどれも細く入り組んでいる。
さらに、それに直交して走る道が、弧を描いている為に、方向感覚が掴みにくい。
真っ直ぐ歩いていてもいつしかまったく逆の方向に歩いているということがあるのだ。
広場を結節点として広がるベネツイアとはまた違った迷宮のあり方だ。
そして同じ海に面したナポリの街と比べても、ナポリがギリシャ以来のグリッド状の
街割が生きているのに比べ、こちらは遙かにアラビア的というか東方的な雰囲気を持っている。
イタリアの中にあって、他の都市国家のような統率力に欠けたジェノバは、
この街並の複雑さの中にもその性格が潜んでいるようだ。

---今日のひとくちイタリア語---
salita
「サリータ、坂」

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