杉山至のイタリア日記

02/05/11(土)

---不思議な5月---

ヨーロッパ全体が異常気象なのだろうか。
ナポリもいつもの5月より寒く、天候が安定していないという。

気が付けばもうこの研修もあと3ヶ月となってしまった。
ちょっと日本に帰るのが怖くなる、かな。

今日はのんびりとワークショップの報告書をまとめる。

---今日のひとくちイタリア語---
brutto
「ブルット、良くない、美しくない」

△back

02/05/12(日)

---イスキア島へ---

天気がちょっとさえないが今日はイスキア島に向かってみる。
温泉が湧き出る観光、保養の島。
観光案内書には、ドイツ人旅行客が多いと書いてあったがその通り。
道行く人みなドイツ語をしゃべっている。

雨がやむのを待ってから、島の唯一のメインストリートを
アラゴン家の城塞跡がある小島の方へ向かう。

この小島がとてもいい。
海賊の根城のような、絵に描いたようなカタチ。
イタリアはほんと、街の造り方がうまい。
この小島ももとは一つの急峻な岩山のような島なのだが、その岩の上の方が
そのまま人工的なカタチになり、塔やドームの乗った屋根やアーチの開口が
自然と人工の見事な融合を見せている。

まるで、この島が城塞に成るために、はなから存在していたように、、。

突堤の先からしばしスケッチ。
それから、海にかかる橋を渡り城塞の中へ。

やはり他の城塞都市とここも同様、内部には小さな街がある。
教会があり、居城があり、そこで生活していたであろう人々の
小さな住居の廃墟があり、、。
一周、30分もかからない島全体が一つの小さな村になっている。
19世紀には牢獄に使用されていたという。
攻めにくく、守りやすいということは、また牢獄としてもすぐれているわけだ。
不思議な一致。


イスキアからの帰りの船はナポリの西、ポッツオリやクーマの辺りを
望みながらの帰港となる。
小さな小島や入り江が幾重にも重なる地形。
なんだか、瀬戸内のような雰囲気を感じる。

ギリシャ人が先にイスキア島に入植し、ポッツオリの街を造ったというように、
この辺りの島伝いの地形からもそれが容易にうなづける。

そして、おそらく海賊にもこの地形は有利に働いたに違いない。
これだけ豊かな海岸に恵まれながら、海洋王国としてナポリが名を馳せなかったのには、
この微地形を利用した海賊達の存在があったのではないかと勝手に想像を膨らますのだが。

---今日のひとくちイタリア語---
isola
「イゾラ、島」

△back

02/05/13(月)

---ミケーレのお宅で夕食会---

昨日の夜は、オリエンターレ(東洋大学)の
アントネッロ繋がりで彼の友達ミケーレのお宅にお邪魔した。

ナポリ近郊の住宅街。
RC造の大きな一軒家。
日本でいう3階建て+半地下という造りで3世帯で住んでいるという。

実はイタリアに来て、一軒家にお呼ばれしたのは今回が初めて。
確か去年の9月、語学学校の行事で9.11(テロ事件の日)に
ベネツイアのリド島の別荘にはいったことがあるが、、。

内装は2年前にリフォームしたばかりということで、とても綺麗。
やはり、ナポリで下宿している学生の家とはかなり違う。

石造りの家が多いヨーロッパの伝統としてやはり
内装と外装を大きく分けて考えるという発想があるのだろう。
外装はハードとして100年も200年も持たせる。
しかし、内装はソフトとして、住み手が好きなように変えていく。

中国に仕事で行ったときも、インテリアは基本的に住む側が入居してから
行うというのを聞いたことがある。
日本のように、住み手の生活や文化度を勝手に想像し、
既製品として造る内装とはそこが違う。

イタリアのこの手作り感覚の伝統はこの住居の内装だけでなく、
フェラーリを代表する車や、皮革製品や宝飾品等、他の多くの分野にも
言えるのではないだろうか。
これが、逆に言えば、アメリカ型の大量生産大量消費という
日本が戦後導入した消費システムが発達しにくいという背景にもなっているのだが。
だから、イタリアは幸せにも見えるし、
このアメリカ型資本主義社会の世界からみれば
遅れているようにも見えるのだ。

で、料理はというと、、。
これがまた、ミケーレ(大学5年生)が彼女(バレンティーナ)と一緒に
おいしい料理を造ってくれた。
イタリア男性は料理がうまい。
なんだか、このイタリア男性のマルチぶりは劇団青年団の志賀さんや足立さんのようだ。

前菜は生ハムとチーズ(パルメジャーノ)。
それからクリームパスタ。
そしてセコンドに一口ハンバーグのような練り物とミラノ風カツレツ。
ここまで食べてお腹がもうパンク。
食後はなぜか、フランチェスコ(日本のアニメ好きなアントネッロの友達)が
友達からもらったというCDRで日本のアニメをみんなでみる。
(セリフは日本語で字幕は英語)。
夜12時を回ってから、最後のデザートで終わり。
ああ、ナポリ食い倒れの夜。

---今日のひとくちイタリア語---
ho Fame
「オ ファーメ、お腹がすいた」

△back

02/05/14(火)

---須藤さん、母現る---

今日の夕方、須藤さんのお母さんがナポリにやって来るという。
南イタリアを回るツアーで
シチリア、アルベロベッロ、アマルフィ、と来て、
最後にナポリに2泊という予定。

夕方泊まる予定になっている駅前のホテルで待ち合わせ。
それから、夜のナポリに繰り出した。

聞くところによると、やはりナポリの市街は危険だということで、
南イタリアを回るツアーでもナポリに2泊もするものは少ないという。
ナポリ観光も基本的にはバスの中からのみ。
我々が住んでいるこの下町、ナポリの歴史地区には足を踏み入れないらしい。

なんだか、サファリパークの動物のようなのだ、ナポリ人の扱いは。
そして我々はそのサファリパークに住んでいるということになる。

しかし、住めば都。
先日、大家さんの家に間借りを始めた日本人の画家の方にお会いして、まだ
ナポリ10日目の彼もとんでもないとこに来てしまったとこぼしていたが、
2ヶ月、3ヶ月もすれば、なんだかおもしろい街に思えてくるのだ、ナポリは。

と、そうは言っても、金目のモノはなにも身につけないように言ってから、
須藤さんのお母さんと森さんお二人を拉致するようにホテルで捕まえて、
そのままバスで家の近くまで一緒に向かい、レストランに直行。
やはり、身の安全を考えるとツアーのような動きになってしまう。
ベネツイアだったら、フラフラとしていても安全なのだが、
ナポリの街の雰囲気は確かに緊張させるなにかがある。

4人で夕食を食べ、帰りはタクシーでホテルまで送るという段取り。
しかしやはりナポリ、タクシーも言い値なので、
運ちゃんによってはこれまた、大変なのだ。

---今日のひとくちイタリア語---
turismo
「トウーリズモ、観光」

△back

02/05/15(水)

---巨大迷路---

なぜかトニーノさんの工房で巨大迷路を造っている。
正確には巨大迷路のようなセットを使った実験的な演劇らしいが。

場所はアンコーナ(イタリアのアドリア海側)の古い建物の中で
行われる予定。(6月の中旬から)
一回にこの迷路に入れるのは20人ほどで、まず、目隠しされて
迷路の真ん中にまで連れて来られそこで目隠しをはずされる。
しかし、周りは全て真っ黒という様相。
微かな光と音のみが空間に漂っている。
そして、役者はその声のみで、お客はその闇と迷路と声のみの芝居が
終わるまで、この中を彷徨うということらしい。

さあ、どうなるうことか、、。
6月におそらく仕込みにいくだろうから詳細はその時にまた。

---今日のひとくちイタリア語---
labirinto
「ラビリント、迷宮」

△back

02/05/16(木)

---真っ直ぐ立って軽く支持して---

7月から休暇に入ってしまうので、
ゆっくりとだが、卒業製作に行うピカソの芝居の準備で
忙しくなってきた。

私も連日工房に出かけ、一応記録係りという役割になっているので、
カメラで行動を逐一記録している。

別段写真が好きなわけでもないが、
やはり日本人とカメラは切ってもきれない縁にあるようだ。

まだ、ほとんど誰もデジカメを持っていないこのナポリ界隈では
33万画素のデジカメを持っていれば、異様にカメラ好きということになる。

トニーノさんがイタリアの背景幕を描く伝統的な技法を生徒に教えている。
まず、布に薄くグリッドを描く、それを小さな元絵と対応させながら、
木炭(カーボン)を使い下絵を描き、その上から腐食剤?の薄い塗料で
それをなぞるという方法。
なんでも18世紀くらいから行われている技法らしい。
そして、出来た下絵の上に今度は色を乗せていく。

おもしろいのは、かならず立って描くということ。
それも長い棒の先に木炭を付けて、姿勢を正して、軽く描くということ。
この軽くというのが重要らしく、何度もトニーノさんから声が飛ぶ。

なんだかここにも床の文化の日本と座の文化の西欧の違いを感じる。
日本の職人さんは基本的に床の上に座って仕事をするのだが、
こちらの職人は立って、テーブルを使って仕事をする、
あるいはこの絵描きのように、やはりまっすぐ立って仕事をするのだ。
なぜかと聞いたら、絵からかならず等距離に離れた視線の位置からみることにより
客観的に把握できるからだという。
なるほど。
座の文化と床の文化の視点の位置の違い、それがもしかすると遠近法の発達にも
関係しているのかもしれない。
近くでモノの質感を感じながら、素材を重視して製作してきた日本に対し、
客観的にカタチを捉え、全体のバランスの中でそのモノを捉え位置づけてきた
西欧のモノづくり。
やはりこのイタリアの背景画でも重要なのは、描く人の視点の位置なのだ。
今私はどこにいるのか、、。

四季が巡り、盛者必衰のこのまほろばの国日本には
確かに確たる客観的な視点は発達しえなかったのかもしれない。
であれば、この今の日本の空虚なる資本主義の廻転が支点とする
アルキメデスの点は、どこから来ているのだろうか。
いやそんなものはきっとハナからないのに違いない。

---今日のひとくちイタリア語---
leggero
「レジエーロ、軽い」

△back

02/05/17(金)

---アマルフィ行き失敗---

ここのところ急に気温が上がってきた。
天気も快晴が続く。
来週はまた、フランスへ(今回は劇場下見)行かなければならないので、
今週あたりまだ出かけいない、アマルフィ海岸にでも行ってみようと
駅まで出てみるが、なんと、ショーペロ(スト)。
ここでいきなり挫けた。
他にも船やバスで行くという手段はあるのだが、
メインの交通機関である鉄道がストであるということは、
他の交通機関にしわ寄せが来て結局うまくいかないというのを
経験済みであるので、今日は諦めることに。

それでもせっかく駅まででてきたし天気もいいのだから
どこかに行きたいという思いだけ空回りしつつナポリを
うろつく。

それが悪かったのか、午後私はナポリの排気ガスで喉をやられ、
須藤さんは風邪になってしまった。

なんともうまくいかないショーペロな一日。

---今日のひとくちイタリア語---
sto male
「スト マーレ、調子よくない」

△back
ページの先頭へ コンテンツに戻る  前の週へ 次の週へ