杉山至のイタリア日記

02/05/04(土)

---聖者の街・アッシジ---

朝早くフィレンツエを出る。
午前中にペルージャ着。とりあえず、宿を探す。
一件目はwで一泊85〜60ユーロ。(60の部屋はシャワー無し)
部屋を見せてもらうがいまいちなので、次へ。
ここ、Mini Hotel PrimaveraはWシャワー付きで一泊57ユーロ(朝食無し)。
ここに決める。
イタリアはやはり、実際に部屋を観てからでないとホテルによって
設備の新しさがだいぶ違う、同じ星の数であっても。

駅からの距離、明日の列車の時間等々、
考えた結果、先にアッシジを見ることに決める。

ペルージャのバスターミナルからおよそ60分でアッシジへ。
アッシジの今日は木曜日からの祭りの最終日らしい。
街の家々で旗がゆれている。
聖者、サンフランチェスコの街アッシジ。

一昨日の製塩工場での雨がそのままイタリアでも続いているような
そんな天気だったが今日は雨は降らないだろうといった空模様。

午後からは太陽が覗く。
山の斜面に街があるためか、風がとても強い。
このアッシジの街は非常に解りやすい骨格をしている。
段々畑のようにその傾斜にそって何層かのメインの道が横に走る。
そしてその通りに山の上と下を繋ぐ何本もの小さな通りがアーチを通して繋がる。
これが、なかなか美しい。
まるで舞台美術のように、大通りから脇に入る小道のその入り口には必ずアーチがあり、
道は奥の方で曲がっているのだ。おそらくむかしの山道がそのまま通りになっているらしく、
上下に走るその小道や階段はその綴れ折りの山道の名残を留めている。

この脇に続く小道のアーチが骨格としては単純なアッシジの街に軽やかなリズムと
不思議な奥行きを与えている。
そして、ここアッシジの淡いピンクと白い石による外壁の表情が、
シエナやフィレンツエといったトスカーナのあの黄土の街に比べ、
軽やかで柔らかな印象を街並みにもたらしている。

アッシジのこの街は早く流れていく雲と風がよく似合う。
聖者フランチェスコが聞いた神の声が聞こえてきそうなそんな風景。

ペルージャへ戻るバスから振り返って見たアッシジの街は
雲の切れ間から覗いた夕刻の光を浴びて輝いている。

---今日のひとくちイタリア語---
santo
「サント、聖なる」

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02/05/05(日)

---天空の都市・ペルージャ---

この街は輪郭が掴みづらい。
なんでだろうか。
シエナと同じような丘陵の上に築かれた都市なのだが、
あのシエナのような中心に向かう強い求心力のようなものがない。
メインの11月4日広場も尾根道の大通りがそのままちょっと膨らんだ
ようなカタチをしているし、周囲の建物もこの広場を囲いつつ、しかし
同時に力を逃がすような位置取りになっている。
緩やかに囲いつつ、傾斜と流れる導線をもつ広場。
これもまたイタリアが発明した広場の特殊な一つの解答だ。

シエナのように高い塔もないので、とりあえず、尾根のはずれ、
街で一番古いというロマネスク様式の教会がある一角を訪れる。

そこはどうやら、この掴みにくい輪郭をもつペルージャの一つの
端であるらしく、大きな城門が近くに残されている。
この城門に登って遙か尾根道の向こうにある街を見渡したときに
やっとその輪郭が見えてきた。

三つの尾根が繋がるその窪地に求心的な広場を造ったのが
シエナの街だとすれば、このペルージャは同じように三つの
尾根から成るがそれが繋がる窪地が狭い為に一つの尾根をメインに
街は展開し、広場もその中にあり、そして後はその街の発展と
共に徐々に周囲に広げられるだけ街をスプロールさせたという感じだろうか。
だから、街の輪郭は少し間延びしてぼやけている。


そしてもう一点このペルージャの街のおもしろさはその高層性にある。
中心の尾根の街並みは他の丘陵都市と同じような雰囲気をもっているが、
その尾根から下への傾斜がかなり急な為、下の方から見上げた断面をみると
7階建てくらいになった建物が多く存在しているのだ。
そしてその遙か上空の方でアーチにより建物が連結されている。
なんだか、宮崎 駿の天空の城のようなイメージの都市。
あるいは丘の上のメトロポリスといったらよいか。

ローマ時代よりも前の遙かエトルリアの時代から栄えた
このウンブリア州の州都ペルージャ。

しかし人はなぜこのような不便な丘陵の上に都市を築いたのだろうか。
神に近づこうとしたのか、外敵から身を守ろうとしたのか、、。
シエナの時と同じ疑問が残る。
そういえば、ペルージャの都市の紋章は有翼のライオンだか怪獣だったような。
天空の都市の謎。


そしてペルージャから今日は一気にナポリに下る。
ペルージャ散策を昼過ぎに切り上げ、
ペルージャ、フォニッリョ、ローマ、ナポリという経路。
6時間近く列車に揺られての旅となる。

ああ、こうして何度もヨーロッパの南の田舎、ナポリまで
戻ってくると、なんだか、やっぱり遠くにきたような気がする。

日本はゴールデンウイークの真っ最中、子供の日か、、。

---今日のひとくちイタリア語---
tornare
「トルナーレ、戻る」

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02/05/06(月)

---変わらないナポリ---

今日は月曜日、気分一新でアカデミアに向かう。
ああ、でもナポリはなんだかのんびりしている。
トニーノさんがイタル、日に焼けたねという。
そうなんです。フランスでのワークショップが
連日外での作業だったもので、、。

しかし、どうも信じてもらえない。
フランスで遊んで来たようにしか思っていないようだ。
悲しいかな。

ともかく、卒業公演の準備は順調のようだ。
今日はチラシの打ち合わせをしている。
パソコンを使える学生が、フォトショップで作製した
案をトニーノさんが修正する。

他には1/10のスケールの巨大な模型を造っている学生。
衣装の生地を集め、検討しているグループ。
なんとなく、公演前の雰囲気がし始めてくる。

---今日のひとくちイタリア語---
abbronzarsi
「アブロンザルシ、日焼けする」

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02/05/07(火)

---展覧会の仕込み---

なんだかナポリに戻って来るたびに
散歩に出かけている。

昨日は夕方散歩がてら、卵城でモード(服装)の作品展があるから
というトニーノさんの情報を聞きつけて、向かってみた。
そしたら、どうも仕込み中だったらしく、偶然現場にやってきた
トニーノさんと会い、一緒に現場に行くことになった。

卵城の元牢獄だったといわれる、石を彫りだした地下っぽい空間での展示会。
その美術製作をトニーノさんの工房が引き受けている。

この美術はかなりモダン。
鉄板を使った空間構成になっている。
トニーノさんに聞いたところ、プランナーは建築家だとのこと。

日本でいうブリキのような鉄板なのだが、表面にトニーノさんの工房得意の
表面処理を多少施して黒っぽい、ざらざらとした質感にしている。
やはり、木のベニヤを鉄板風にみせるよりは遙かに質感がよい。

この卵城の荒削りな空間とシャープな鉄のラインがうまく合っている。

そして今日も工房によったあと、トニーノさんと共にこの現場に向かった。
アカデミアの学生が数名現場に手伝いに来ている。

---今日のひとくちイタリア語---
gabbia
「ガッビア、檻」

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02/05/08(水)

---のんびりと---

ナポリの春はなんだかぱっとしない。
5月だというのに、気温は思ったほどあがらない。

去年の秋にベネツイアで知り合った、マチコちゃんが
彼のニコラと一緒に休暇でナポリにやって来ている。
もっと熱いと思ってましたー。という彼女の言葉どおり。
ナポリの春はイメージほどには熱くない。

湿度が低いせいで、日陰にいると、3月、4月と変わらない
ほどだったりする。
空気の中に、あの日本のこれから夏に向かうぞという初夏の密度がない。

修羅の季節はとうに過ぎ、穏やかな5月だ。ナポリは。

---今日のひとくちイタリア語---
pranzo
「プランツオ、昼食」

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02/05/09(木)

---展覧会最終チェック---

朝アカデミアに行ってみるも、授業なし。
また、5月に入ってカリキュラムが変わったようだ。

しかたないから工房に向かうことに。
工房では、明日からオープンする例のモードの展覧会
の為の追加作業を行っている。

どこも同じ。
なんだか、日本の現場を思い出す。
クライアントから駄目だしを受けて(デザイナーズチェックと
日本ではいう)、最終日までにまにあう範囲で修正追加をする。

周囲に見切りの意味もあって置いていたパネルの位置を変更したため、
追加でプラズマモニター用のパネルが急遽必要になったとのこと。

イタル、また撮った写真をCDに焼いてくれとトニーノさんに頼まれる。
アカデミアでもそうだが、なんだか、記録係になっている。

おもしろかったのは、頭のないマネキンの首に針金を付けて、それに
作品の年代を書いた紙を貼るという作業。
たまたま、トニーノさんが手伝いで入っているクライアント側の若いデザイナー志望の学生に
こうしたらどうかという見本を見せて、それを私もやったら、彼らが綺麗だという。
日本的なカタチだ!と一人がいう。
なんだか、よくわからないが、、。
ともかく、トニーノさんの指示を受けて私がその針金の曲線を手で造っていくことになった。

ともかく、気に入ってもらえてなにより。

---今日のひとくちイタリア語---
fillo di ferro
「フィーロ デイ フェロ、針金」

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02/05/10(金)

---夕立---

昨日から3月、4月と早稲田の丸山先生によって行われた
ブラックセル、グルノーブルでのワークショップを自分なりに
まとめてみている。
ほぼ、1か月半にまたがった長期のワークショップの為、
どうやってまとめていいものかなかなかとまどう。
確かにこんな長期のワークショップは自分でも行ったことはないし、
体験したこともない。
通常の授業や研修であれば、まとめ方もかた通りのノウハウがある。
しかし、ワークショップというものは、単になにかをだれかに教えてもらう
という伝達方の学習方法ではない。
だから、達成度や習熟度といういままでの評価基準が当てはまらないのだ。

修得したとか、学んだとか熟練することではなく、発見の仕方、発想の仕方
他者がなにをどう考えあるいは客観的に自分はなにをどうしたいのかということを
考え、伝えること。
学習方法がマニュアル化し、達成度で計られ、
それが情報と呼ばれている今我々に足りないのは
この混沌とした、図太い体験型思考なのではないだろうか。
そうすれば、きっと世界はもっとおもしろいものになる。

これからおそらく多くの教育現場でこのワークショップという
学習方式が増えていくことは間違いないだろう。

工房からの帰り、雷鳴とどろく夕立の中をがたごとと走るバスの中で
思う。

---今日のひとくちイタリア語---
scroscio
「スクローシイオ、スコール、夕立」

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