杉山至のイタリア日記

△back

02/03/31(日)

---フランス脱出---

浅沼さんのドライブで
諏訪夫妻と我々2人合計5名でのイタリア帰還。
途中建築行脚を続けながら浅沼さんの帰りの飛行機
4月5日ナポリアウトの飛行機に間に合うように予定を立てる。

とりあえず、来た道を引き返すように、
諏訪君と浅沼さんがまだ観ていないラ・トウーレットを観るべく
一路進路を北へとる。
昼前にグルノーブルを出て、リヨンを経由して夕方ラ・トウーレットに到着。
なんだか、犯罪者の気分だ。
現場に二度訪れるという、、。

今日は少しでも明日のロンシャンに近づこうとディジョンで一泊。
年に似合わず徹夜したせいか唯一のドライバー浅沼さんの調子が思わしくない。
今日はとりあえず、ちょっと良さそうなホテルで一泊となった。

---今日のひとくちフランス?語---
オフウブア!!
さようなら!!

△back

02/04/01(月)

---エイプリール・フール---

今日は昼過ぎにロンシャンに寄り、
夕方バーゼルに到着。
バーゼルでは諏訪君の友達二宮君と会う。

我々3人(諏訪夫妻以外)は彼の紹介のユースホステルで一泊。
諏訪夫妻はバーゼルに住む彼の家へ。

たまたま見つけたヘルツオークの建築、駅の事務棟?と
操車場を見に行く。
とっても現代建築。
コルビジェのあの近代建築とはもはや違う建築だ。
バーゼルの街はほんと東京のようだ。
スイスが巨大に見えてくる。

---今日のひとくちドイツ?語---
ダンケシェーン!!
ありがとう!!

△back

02/04/02(火)

---温泉が、、、---

今日はかなり迷う。
昨日の夜ユースで出会った建築行脚を続けている早稲田出身の建築家の話によると、
我々が見に行こうとしていたスイスの山の中
ピーター・ズントーの設計した温泉は
どうやら4月1日から休暇に入ったという。

それではとレマン湖畔のコルビジェの設計した小さな家をみるかと
思案するもこちらは水曜日のみオープンしているということらしいし、、。
結局、とりあえずチューリッヒまでいって
まずチューリッヒ湖畔にたつコルビジェの遺作、工業化を模索した
モデュロール住居を見学、しかしこれも夏まで閉館中とのことで、
そとからのみ。
昼飯をその公園で食べてやっぱり一路ズントーの温泉を目指して
アルプスの山の中に入り込む。
しかしルートミス。
アンダーマットというスキー場のある地点までたどり着くも
そこからは道が雪の為通行止めとなっている。
思案に暮れる我々の目の前を山岳電車がすいすいと登っていく。
ラッキーなことに問い合わせてみたら、車を乗せてアルプス越えが出来るとのこと。
値段もそんなに高くはないので、ビールを飲んで休憩しがてら
電車の出発時間を待つことに。

同乗するのはみなスキー靴をはいた連中だ。
山の上で降りて滑ってふもとまで帰ってくるのだろう。
車を列車に乗せて、一路アルプスを越える。
ここは世界の尾根、ハイジのふるさと、アルプスだ。

結局まずズントーがその温泉の近くの村に設計した教会を
観てそれからもう暗くなり始めた山道をさらに奥地へと進め、
結局温泉に着いたのはもうよる7時半近かったか、、。
案の定、温泉は休暇中でなんだかうらさびしい村が余計寂れて見えた。
しかし、ここにも建築バカはいるもので、暗くなりかけたこのズントー設計の温泉を
丘の上からスケッチしている学生らしき2人を発見。
我々は辺りを一週し外壁を手でなでて、収まりが美しいとか
この天然スレートが、、とかいいつつ、そそくさと退散。


しかし宿に困った。
まずこの温泉村の近くのホテルに聞いてみたが、そこもどうやら休暇中とのこと
しかし、こわい女将さんが出てきていくらで泊まりたいのか言えという。
こっちがちょっと考えていたら料理中だから早く結論を出してくれという。
正直にユースくらいの値段で泊まりたいのだがというと笑われて追い出された。
この村にはそんな値段で泊まれるホテルはないとまで言われ、、。
ああ、スイスは怖いところだ。
確かにハイジのおじいさんも知らない人間には愛想がよくなかったし、、。
結局また夜道を30分ほど下りふもとの少しは大きな村まで戻ってきた。
ここでも交渉の結果2件目にしてなんとか我々の金銭感覚の範疇に入ってきたので、
そこに泊まることに。
ああ、なんとか宿がとれた。
温泉どころの騒ぎではない。
ぎりぎりで夕食もなんとか取れてとりあえず無事今日もお休みなさいというところ。
やれやれ。

---今日のひとこと?---
鬼婆旅館。

△back

02/04/03(水)

---教会再訪---

今日はなんとしてもベネツイアまで辿り着きたい。
そうしないと浅沼さんの5日のナポリからの飛行機に間に合わない。
昨日山岳電車の駅員から聞いたここなら開通しているという山道を抜け
一路ミラノ、コモを目指す。

その前にその道の途中、昨日観たズントー設計の
ズーンビッツ村の教会をもう一度訪ねる。
なんでもアメリカ?では魔術的建築家と称されているらしいズントー。
それはともかく、その教会はとても良かった。
アルプスの白銀がガラスに反射する。
地元の伝統的な屋根材に使用される木の板を外壁にまとい、
潔い立ち方をしている。
そしてディテールにまで通底するズントーの思想。
自然と建築と人間と大地と。
これはまた新しい建築だ。
あのコルビジェの建築とも違う。
浅沼さんが言う、
いや〜勇気づけられる建築だね〜。

鳥の声を聞きながら、教会の鐘を聞きながら、
アルプスの景色を、この教会をスケッチする。

ここにも建築がある。

---一路コモへ---

しかし今日は始まったばかり。
今日の一日は長い。
アルプスを越え、イタリア文化圏に入る。
すると建築や村の形態がいきなり変わることに気付く。
石と土を多く使うようになり、また村が妙に密集した形態になる。
あのアルプスの離れて建つ不思議な空間感覚はここにはない。

そしていよいよコモへ。
ここにはジョセッペ・テッラーニの設計した
カサ・デル・ファッショ、サンテリア幼稚園等がある。
今回のイタリア行きでもこの建築だけは是非観たいと思っていたものだ。
確かコモの中心街ドーモの近くに建っていたはず。
車を駐車して歩いて中心街へ、ドーモを目指す。
細い路地の間からドーモの肩越しにこの建物が現れた。
白い数列。幾何の結晶。
遠くから何枚か写真をとりつつ、200m100mと近づいていく。
外壁は白い大理石だ。
抜群な感覚。完璧なファサード。
現在も国境警備隊の本部として機能している為建物の内部には入れない。
ああ、残念。
その後、サンテリア幼稚園をこれも外から眺める。
こちらは気持ちよく水平に延びる。
そして光に満ちた幼稚園になっている。
1930年代の建物とは思えないほどの先鋭さ。
そして現在もまるで昨日建ったかのように機能している。
コルビジェとは違うモダニズムがここにもある。
イタリアが夢想した未来。
最後はそのイタリア建築の未来派の主人公、戦死したアントニオ・サンテリアの記念塔を見に行く。
そのテラーニが設計した塔に刻まれたサンテリアの言葉を記したい。

STANOTTE SI DORME A TRIESTE
O IN PARADISO CON GLI EROI.
10 OTTOBRE 1916 ANTONIO SANTELIA

今夜はトリエステで休息するかそれとも英雄達と共に天国へいくか。

---今日のひとくちイタリア語---
paradiso
「パラディソ、パラダイス、天国」

△back

02/04/04(木)

---旅の終わり---

昨夜はベネツイアに辿り着き、久しぶりに夜のベネツイアを彷徨した。
浅沼さんが廃市のようだとつぶやく。

ワークショップから始まり、そして途中理想郷を訪ねる旅となり、
そして最後は英雄達が夢みた、未来の建築に辿り着き、
そしてこの暗い静かなベネツイアの夜にいる。

殆ど言葉も無く昼過ぎにベネツイアを出発し、
荒れ模様の天候のなかローマを過ぎナポリまで。
浅沼さんが車を飛ばす。

ほぼ一ヶ月にまたがった今回の旅程が終わる。

夜9時過ぎにこの喧噪のナポリに戻り着いた。
車を盗まれないように細工して、3人でレストランへ。

無事帰ってきたことを祝して乾杯。
やはりナポリの料理はとてもうまい。

---今日のひとくちイタリア語---
tornare
「トルナーレ、戻る、帰還する」

△back

02/04/05(金)

---浅沼さん無事飛行機へ---

浅沼さんの飛行機は今日の3時過ぎ、
だから午前中一杯ナポリ観光を決行。

しかし、これがなかなか大変。
渋滞に巻き込まれたのとナポリの道がやたら
一方通行が多いのとで、結局空港に着いたのは
出発1時間半前。
しかし、野生の感で運転するこのナポリの道を
浅沼さんは結構楽しんで運転していたようで。

さらに空港のチェックインカウンターがとても混んでいて、
待つこと30分。
ぎりぎりでチェックインしてなんとか無事送り出す。

しかし色々とあった1ヶ月でした。
今日はそのまま家に帰って倒れ込む。

---今日のひとくちイタリア語---
Viva Napoli!!
「ビバ ナポリ!!ナポリ万歳!!」

△back
ページの先頭へ コンテンツに戻る  前の週へ 次の週へ