杉山至のイタリア日記

02/03/23(土)

---リヨン一日観光---

今日は一日リヨンを回る。
若者と一緒なので、我々もYHに泊まることに。
一泊15E。
しかし、旧市街の丘の上、ローマ時代の円形劇場のすぐ近くにある
非常に眺めのよいYH。ここはお勧め。

朝からローマ劇場、博物館と周り、午後は新興住宅地
1930年代にトニー・ガルニエにより造られた住宅団地を見に行く。
しかし、今日も交通機関はストライキらしくバスも殆ど見かけない。
途中バスに乗って地下鉄駅まで出るが地下鉄が動いていないので
歩いて戻る羽目に、、。

しかし、トニー・ガルニエのオープンミュージアムはなかなか良かった。
ガルニエの計画した住宅の壁面がキャンバスになっていて彼の描いた
1930年代当時の未来の世界がそこにある。
空には飛行機が飛び、どこまでも青い平野が広がっている。
理想の生活。
ここにも理想郷を目指した建築家の姿がある。
そしてアパートの一室を30年代当時の住宅に復元していて、
そこも見学できるようになっている。(係りの人付き添い)

夜はジャン・ヌーベルが改装したリヨンの国立オペラハウスで
コンテンポラリーダンスを観る。
ジャン・ヌーベルのコンセプチャルなデザインとコンテンポラリーダンス。
イタリアではお目にかかれない、フランスの今の姿がここにある。

---今日のひとくちフランス?語---
トレビアン
「すばらしい」

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02/03/24(日)

---グルノーブルで会いましょう---

今日の夕方7時にグルノーブルの駅で集合となっている。
みな無事に現れるだろうか。
我々は早くも昼前にグルノーブル入り。
しかし、駅のロッカーがテロ対策ということで
完全封鎖。
重い荷物をもって街を彷徨う羽目に。
それに日曜日。
ほとんどのお店が閉まっている。
がんばって観光案内所までいって、
結局開いていた現代美術館に入ることに。
ここならクロークで荷物が預けられる。

のんびりと美術館をめぐる。
グルノーブルはなんだか日本みたいだ。
ナポリを出てからほぼ3週間。
ベルギーやフランスで感じるのは、日本との違いより
ナポリやイタリアとの違いの方が大きいということだ。
ああ、遙かなるナポリ。

7時に現地のグルノーブル建築大学の学生や先生も駅に集合。
初顔会わせとなる。
時間を惜しむように、その場で誰が誰の家に一週間ホームステイするか
決めていく。
ああ、なんだか売られていく子牛のような心境。

私は浅沼さん(やっとグルノーブルで再会)と女の子の家に投宿することになった。
今日から地獄のワークショップが始まる。
ああどうなることか、、。

---今日のひとくちフランス?語---
メルシー
「ありがとう」
これが一番大事。

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02/03/25(月)〜30(土)

---グルノーブル建築大学でのワークショップ、地獄の6日間---

昨夜は30名程で一杯飲みに行って、その後は
各家主の都合で三々五々と別れていった。
我々(杉山&浅沼)は家主ケディジャ(両親はモロッコ出身の女の子)の家に
泊まる。

朝は9時に起きだして学校へ向かう。
そしてグループ分け。
グルノーブルの学生が24〜5名それに日本人チームが15人前後。
それにベネツイアから合流したイタリア人3人を含む混成ワークショップとなった。
あとから考えればこのグループ分けで全て決まっていたような感じもするのだが、
その時はそんなこともわからないので、とりあえず家主と同じ班になろうということになった。

どうやらグルノーブルの学生の方はすでにグループ分けしてあったようで、これも
あとからわかったことだが、仲の良い同士でグループを作っていたようだ。
だから、各グループの癖というか感じが全くことなっており、結果的には
あとから合流した日本人にとってはちょっときつい、国際交流ワークショップとなったといえる。

26(火)---ワークショップ2日目---

昨日は班分け後、各自でグルノーブルの学生が例のショーの製塩工場の近くの
森から採集してきた様々なものを使って、スペースを作るというワークショップが行われた。
木の枝や藁、土や小石や葉っぱやキノコまで、、。
様々な素材をさわりながら昆虫の視点になって空間を造りそれをスケッチに描くというもの。
早稲田の専門学校時代にも丸山先生の授業で一度行ったことがあるのを思い出した。

今日は昨日スケッチしたものを元にグループの他の人が造った空間をいじったり
スケッチに手を入れるという作業が続く。
我々の班は言葉が立つ人が多く、スケッチしたものを皆で議論しあうということを行った。
さすがフランス。
それから見えてきたグループの特徴をもとに、次のステップは実際に製塩工場の
建物の間に仮設で造る空間装置を考えるというものに進む。

今日は途中で木造の工法の教授のスライドレクチャーが入った。
タイトルは「Engineering Solutions and Connections」
テーマは現代的な工法における木造のストラクチャーの可能性ということだろうか。
日本の伝統的な木組みの工法のみでなく、いかに木と鉄やコンクリートを組み合わせつつ、
ジョイント部のコネクションを考えるかということ。木造の新たな可能性がそこにはある。

27(水)---ワークショップ3日目---

基本的には朝10時から夕方7時くらいまでが作業時間。
今日も引き続き作業が続く。

今日は第一回のプレゼンテーションがあった。
各班のいままでの途中経過とどのようなものを製作するのかを発表。
我々の班はなかなかまとまった感じで進んでいる。
我々の班のテーマは「dancing and thinking」

そして夜はイタリアンナイトとなった。
マルコと諏訪君がベネツイアで買ってきたソーセージとチーズそれに、
マルコお手製のパスタが50人分!!
今夜はマルコが主役の夜。

28(木)---ワークショップ4日目---

中だるみか。
なんだか体調も良くないし、案がうまくまとまらない。
しかし、最終プレゼンまであと2日。どうなることか。
今日は夕方に土の研究所の教授のスライドレクチャーがあった。
フランスにはなんでもここだけにしかなく。
かなり重要な役割を担っているらしい。
丸山先生がしきりに日本にもこのような研究機関をつくらなければとこぼしている。

29(金)---ワークショップ5日目---

明日の3時から最終プレゼン。
昨日の中だるみを吹っ飛ばして、各班ラストスパートにかける。
我々の班も途中丸山先生のレクチャーや日本食パーティが合間に
あったにもかかわらずなんとか夜1時過ぎにはほぼ完成となった。
無事、プレゼンがいきますように。

30(土)---ワークショップ最終日---

他の班なってしまって一人で残ってやっている浅沼さんを置いて、
朝5時近く私は帰宿。
昼過ぎに起き出して、ケディジャと共にプレゼン会場である
山の中腹にある修道院へ向かう。

プレゼンは我々のチームはうまっくいったのではないか。
多分、日本人3人にフランス人4人しかし、その4人の内
殆どがフランスからみれば外国出身者だった(トルコ出身、モロッコ出身、メキシコ出身)
というのがよかったのかもしれない。
フランスの芸術は常にフランスにいる外国人が開化させてきたのだから、、。

夜は教授やみなさんと一緒にレストランで会食。
混乱と微熱のワークショップがなんとか終了。
しかし、4月の下旬にはまた製塩工場で続きがあるのだ。
ああ、日本からくる人は次回は少ないらしいし、、。
どうなることか丸山ワークショップ。
つづく、、。

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