杉山至のイタリア日記

02/01/26(土)

---またまたフェスタ!・イタリアでもピクショナリー!!---

中一日でのフェスタはさすがに疲れる。
しかし、イタリア人と知り合いになり、文化を知る上ではイタリアではこれが結構重要だ。
日本のように先輩につき合って夜の居酒屋をハシゴするよりは幾分、体に良いとは思うが、、。

今日はジョバンニの友達フランチェスカ(インスタレーション・アーティスト)が住んでいる
アパートで共同生活している、エツイオ(彼はアカデミアのデザイン科の卒業)
の誕生日ということで、20人近くの人が集まってのフェスタであった。

その中で日本人は私と須藤さんとこちらで知り合ったイズミさんの3人。
フェスタは夜9時過ぎから始まり、1時過ぎまで続き、、。

このフェスタでなんと久々にピクショナリーをやってしまった!
エツイオはデザイン科卒なので部屋の壁には彼が描いた絵
(彼は日本のアニメの研究で卒論を提出している)が溢れ、
さすがというか画家の彼がピクショナリーを持っていたのだ。

ひょんなことで彼らがピクショナリーの話をしていたので
日本にもあるよと言ったら、じゃあやろうということになった。
私達のやり方と違うのはまるで紅白のように20人が右チームと左チームに別れ、
(こっちでは赤・白ではなく、右派・左派!)
対抗で描いたモノを当てるというやり方だ。

中央に小さな黒板を持ってきて、例のようにサイコロを振って出た色目で
カードの中から言葉を選び、それを絵で表現して、チーム対抗で当てる。

我々は、さすがにまだよく単語が解らないので、まず引いたカードの言葉を辞書で調べて、
それから絵を描いて、、、と少々時間がかかる。
またそれをイタリア人が当てるのだが、それが当たったかどうかがわからない。
あのイタリア人の遠くまでとおる発声で言葉が飛び交うのでまるで解らない。
だから、エツイオの彼女(アンナ)が審判になって、当たったかどうか判断するということに、、。

ここで、イタリアン・ピクショナリーの実例を、、。
私は「鐘楼」というのが来たので、まず、鐘を描いてそのあと、
それを囲うエリアを描いたら、みなすぐ当ててくれた。
日本だとまずこの「鐘楼」という言葉がすぐ出てこないと思う。鐘や鐘付き堂は出ても、、。
しかし、イタリアには現在も街に必ずこのような鐘楼が数個必ずある。だから、単語としては
とても簡単な単語なのだ。

おもしろかったのはジョバンニが引いたカードが「政府の危機」というもので、
まず、これは不可能だとジョバンニが悶絶したあと、
決心して描いたのが株価のグラフとドルのマーク。
そしてそれがなんとか当たって、皆が言っていたのが、
イタリアのベルルスコーニもそうだけど、日本とあと
アルゼンチンもそうだよねと、しきりに同意を求めたことだろうか、、。

集まった人々がなにかしらアカデミア(芸術大学)関係の人が多いものだから、
絵にはちょっとうるさいらしく、特にエツイオとフランチェスコ
(こっちは男、彼は北斗の拳を部屋の壁に描いている)が中心になって、
イタリアンピクショナリーな夜が暮れていきました。

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02/01/27(日)

---静かな日曜日---

さすがに今週は疲れた。
日曜のナカヤマ夫妻宅でのフェスタに始まり、八重樫さん達、アカデミアの学生達そして
エツイオ宅での誕生日フェスタ、、。そしてさらにオペラ観劇。
毎回のフェスタでおいしい料理を作ってくれた須藤さんも、今日はダウン。
ゆっくり休んで下さい。

この一月は前半のんびりした反動で、後半は学校、工房、
夜はフェスタ&観劇と忙しい日々が重なっている。
まあ、1月、2月、3月が演劇やオペラのシーズンなので、これも勉強。


*先週見たアメリカ立ち上げのオペラ「トウーランドット」だが、工房の
トニーノさんが言うところでは新聞の劇評は酷評だったらしい。
やはり、イタリアではちょっと奇抜&前衛すぎたということだろうか、、。

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02/01/28(月)

---しかし今日もフェスタはつづく---

今日は、須藤さんが先日来オリエンターレ(東洋大学)の自習室でイタリア語を
教えてもらっているアントネッラがうちに来る。

夜7時の待ち合わせが案の上2時間遅れ、
9時に仕事が終わる友達を待ってそれから来るとのこと。
しかし、1〜2時間くらいの遅れにはもうだいぶ慣れてきた。
こちらの時間の流れ方はやはり同じ24時間なのに日本でのそれとだいぶ違う気がする。

アントネッラはオリエンターレの日本語学科の学生。
まだ24才。だが見た目はどうもみても30代なのだが。
日本にも一度行ったことがあるとのこと。
とても勉強家らしく、日本語をしゃべるのももちろん上手だが、漢字もかなり読める。
漢字をすらすら読んでいるガイコク人(もちろん漢字が母国語でない人)を
実は初めて見たかもしれない。
高校の時にイタリア語で道元の本を読んで禅に興味を持ち、それ以来日本にはまったらしい。
なんとも変わったナポリターノだ。

そのアントネッラと彼の弟(まだ高校生)とアントネッラの友達のフランチェスコ(こちらは28才)
の3人が今日のお客さんだ。

須藤さんお得意のおにぎりと今日はみそ汁。
アントネッラがナツカシイ、ナツカシイと連発していた。
それに豚肉の生姜焼き。

生姜はあまりこちらでは売っていないのだが、この須藤さんお得意の
料理はいつもイタリア人に人気だ。

ああ、月曜日からまたフェスタ。
今週もどうなることか。

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02/01/29(火)

---聴講のはずが、、。---

実は先週のアカデミアでイタルも課題を出せと、
トニーノ師匠に言われてしまい、どうしようかと悩んでいる。
4年生の課題は好きなオペラの演目を選んで、それの図面と衣装スケッチの製作だ。
私も咄嗟にトニーノさんに言われたものだから、
とりあえず、好きなのは「ラ・トラビアータ」だ。と言ったら、
じゃあそれで行こうということになってしまった。

助手のレオナルドさんはCDを貸してくれるし、どうもやらないといけない羽目になりそうだ。
ただの聴講のはずだったのに、、。

しかし、まだ「ラ・トラビアータ」は先月ローマの教会で観た、殆ど演奏と合唱のみの
舞台しか観ていないので、なんとか作戦を立てないとイタリアのこのアカデミアの学生には
かないそうもない。

とりあえず、まず、一年の課題のスケッチ(拡大模写)から自宅で始めてみることにした。
まあ、ゆっくり、ゆっくり。

なんとか6月くらいまでに一つ、課題を製作することを目標に、、。

しかし、またしても学生だ。
28才で、建築の学校に行き始めたと思ったら、今度は
イタリアで舞台美術の学校と語学学校に35才にして通う羽目になるとは、、。

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02/01/30(水)

---映画「シニョーリ・ディ・ア・ネッリ」を観る---

朝はアカデミア、午後は語学学校。
夕方、映画を見に行く。

実は昨日の夕方映画を観ようと映画館に出かけたのだが、
火曜はアボナメントの日(定期券?のようなものでそれを持っているとほぼ半額で見れる)
とのことで、その券を買ってない人は入れないらしく、今日もう一度出直すことになった。

この映画、恐らく邦題は「ザ・ロード・オブ・リング」。
トールキン?の指輪物語を映画化したものだ。

実は先日来からトニーノさんやアカデミアの学生にこの映画は観たか?
凄い映像だ、それにとても舞台美術ぽっさもある映像だから是非観ろ、と
何度となく言われていたのだ。

とりあえず、イタリア語なので、観ても半分以下も解らないだろうと思い、
インターネットで情報を集めた。
それによると、日本での公開は今年の3月から。
始めから連作になるように考えて製作されている。
非常に長い物語だ。
映像化不可能と言われていた、等々。

とりあえず、前知識を持って映画館へ。

見終わって、やっぱり言葉がわからない。
伝説やら物凄い過去の神話やら、まだ習っていたいような
時制や物語用の語り口ばかりでとんとわかならい。
それに3時間の上演時間。

映像は凄かったけれど、ともかく疲れた。

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02/01/31(木)

---遠くで思う---

今日は語学学校のみ。

平穏な日々が過ぎていく。
インターネットポイントで日本のニュースを読む。

雪印の詐欺事件。
田中外相の更迭。
中学生が浮浪者を殺害。

ああ、明るいニュースはないものか。

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02/02/01(金)

---ああ、6ヶ月目に突入!---

この1年間の研修期間も、もう折り返し地点だ。
私はどこまできたのだろうか?

今日は工房に行く。
最近工房には週に一日しか行ってない。

今日は工房でミケーレがパソコンで3DのCGをやっている。
彼はコンピュータが相当使える。
なんでもテレビスタジオのセットのデザインらしい。

横でトニーノさんがあれこれ指示を出しながら、
ミケーレが作業をする。

どこかで、みた風景のような、、。

打ち出された絵を見てトニーノさんが、やはり手で描いた方が
いいねといっている。

デザインする上でまず、手で考えてそれからコンピュータを補助的手段として使う。
しかし、最後はやはり手に戻る。

このテレビのセットの場合、画面で視る物だから、CGで作ったデザインの方が向いているようだ。
しかし、舞台のデザインは
コンピュータで色や全体のイメージを想像し、最終的には手で描く方がいいとトニーノさんは言う。

なんだか、イタリア人の生活もそんな感じがする。
日本の場合、コンピュータを始めれば、それが良かろうが悪かろうがその全てを同時に引き受けて、
古いものは捨て、変化変化で社会が混沌としていく。

しかし、イタリアは古い技やモノでも、それが大切だと思ったモノは捨てない。
ルパンが乗っていたフィアット500が黒い煙を吐きながら、ナポリを未だ疾走しているのだ。
彼らはしょうがないからじゃなくてそれが好きだから乗っている。

きっとコンピュータが導入されてもこの「手」による文化はイタリアでは残るだろう。
日本では、おそらくあと5年もしないうちに滅んでいくだろうが、、。

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