杉山至のイタリア日記

01/12/22(土)

朝9時起き。
宿舎のエレベータでトニーノさんとばったり出会う。
まあ、トニーノさんの定宿だからその可能性はあったわけだが、
とりあえず、朝食をご一緒する。
今日は朝からコシファントウットのゲネがあると言っていた。
明日の夜の本番に見に来ないのかとトニーノさん。
実はクリスマスイブの24日のこのローマの街の交通状況が解らないので
明日の夕方にはナポリに戻ろうと考えていたのだが、
その事をトニーノさんに話すと、24日は電車もバスも普通に動いているとのこと。
で、一日ローマ滞在を延ばすことに決定。
明日の夜2作目のオペラの初日を観させてもらうことにする。


とりあえず、今日も精力的にローマを歩き回る。

------------------ローマを歩く---------------------------

まず、バティカン博物館、システィーナ礼拝堂、それから
サンピエトロのクーポラへ登りローマを一望。
そして軽く昼食を挟んで今度はカピトリーノの丘へ。
ここはミケランジェロ設計のカンピドリオ広場がある。
そしてローマ時代にはローマの中心であったところ。
そのローマ市庁舎のある丘の向こうの谷間にフォロローマノが広がっている。
ローマ時代の神殿や行政の中心であった地域である。
ゴロゴロと転がっている石と復元されたり修復されたりそのまま存在してきた
列柱や凱旋門やアーチやバジリカの間を歩き回る。
遺跡というには生々しく、廃墟というにはもう時代が過ぎる。
なんだろうこの不思議な感覚は、ゴロゴロとした細かい彫刻の刻まれた石片が
無言の時間を語る。
刻まれた時間と注ぎこまれた力。
ここにパックス・ロマーナという人類史の一時代が眠っている。
それは疑いようのない事実だ。
真冬のどんよりとしたこの曇り空の下、この刻まれた柱は立ちつづける。
通過していった風と多くの時間を抱えて。

それからコロッセオに立ち寄る。
コロッセオの内部はなんだか5年前と変わっていて、現在は「アリーナの血」という
企画展が一部柱廊を仕切って行われていた。

前回は夏に来たせいもあり人が多かったが、
今回このクリスマス直前の観光客の少ない時期のコロッセオはなんだか小さく見える。

それから駅の近くの教会を見学。そして一端宿舎に戻る。
この行程は全て徒歩。

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さすがに疲れて宿舎でしばし休憩。
しかし一日はまだ終わらない。
夜はスペイン階段近くの教会で行われる、オペラ「トラビアータ(椿姫)」の
公演を見る予定。
実はトニーノさんのオペラが見れないだろうと考えていたので、
街角で見かけたポスターを頼りに観光客用のインフォメーションセンターで
チケット販売の場所を聞いて昨日買っておいたのだ。
教会でのオペラだからどんなものかちょっとわからないが、
まあ観ておいて損はないだろうと考えた。
チケットは一人45000リラ(2700円)。
公演は8時45分から。
どうも全席自由との事でちょっと早めに出かけ、端だがかなり前の席を確保。
この公演についてちょっと記述。

---------------------La Traviata@American Church.Roma-----------------

会場の教会はこぢんまりとしたネオゴシック様式の建物で、どうも名前からしてアメリカ系の人々が
関係した教会だと思われる。
天井は屋根の傾斜そのままに板張り、床も板張りだったので音の響きが通常の教会よりも柔らかく、
残響もほど良い感じで期待がもてる。
席は仮設のイス席で200程。

しかし、舞台美術が最低。
後陣のアプスを見せないようにワイヤーを渡し黒幕を掛け、
3枚のおそらく美術家が描いたと思われる、
この椿姫という作品をイメージした抽象画が掛かる。
しかしそれにより折角の教会の空間的広がりを殺してしまっている。
ワイヤーはたるみ、黒幕にはしわがより、なによりも、中途半端な高さかつ平面で、
奥行きが止まってしまっている。
美術家の空間的センスの無さを感じる。

公演が始まってからさらに気になった点、2つ程。
一つは前回ベネツイアのパラフェニーチェで観たオペラの時感じたのと同じように
オーケストラピットがない為、少し高くなった後陣の祭壇エリアの前に
オーケストラを配置しているのだが、歌手の声がこのオーケストラの演奏の音が形成する音の層に
負けてしまい聞こえてこないという点。
歌手の歌はうまいし、演奏も下手ではない、しかし、折角の生演奏と生声の歌がつくる
オペラの醍醐味がこの空間では生きてこないのだ。残念。

もう一つは舞台の狭さだろうか。これも基本的には舞台美術家の責任だが、、。
もともと無理があったようだが、合唱部分で登場人物のほぼ全員が舞台に立つと
まるでこんだ時間のイタリアのバスを観ているようなのだ。
窮屈ではち切れそうな人々。

これを観て逆にこのオペラの作品の空間的な規模は良く考えられていると納得する。
基本的に物語りは椿姫とその彼氏にその父親、他4,5人で進行する。
ソプラノ、アルト、テノール、バスという合唱の最低条件を満たす人物で構成されているわけだ。
それだけであれば、確かに空間的な広さはそれほど必要ではない。
しかし、舞台の最低面積は全体合唱での登場人物と関係する。
そして重要なのはその全体合唱がオペラの作品としての質的、空間的広がりを形づくるということだ。
作曲者、戯曲者が構想したであろうその作品としての広がり、それが
空間的にも音楽的にも全てに渡って通底しているのが見事なオペラ作品であるということが
逆にこの舞台を観ていて解る。

しかし、作品(原作)の質の高さには感動した。椿姫というこの有名な作品は名前だけは知っていたが
観たのは今回が初めてだったので、ベルディの音楽の構成力の見事さに圧倒されてしまった。
音楽には門外漢の私なので専門的な事は解らないしまた私の思い違いかもしれない。
まあ、それは置いておいて、、。

神経質なまでの前奏曲の微妙な音の戯れ、
それが実は最後までこの作品の通底するテーマの一つであることが、観ているうちに見えてくる。
そして、そのマイナーな旋律が転調してワルツのリズムを伴ったもう一つの主題に繋がっていく。
そしてこの旋律もまた最後までこの椿姫という作品のイメージを担っていく。
陰と陽そしてそれが出会うジプシー風なイメージの曲や場面なども織り交ぜて、
全体がラテンの旋律とリズムが内包する不思議な明るさと寂しさを持ち合わせている。
そして最後、椿姫が死を迎える瞬間に感じるあの不思議な上昇感。

人は生と死を同時に内包している。そしてそれはどちらか一方だけでは絶対にあり得ない。
この当たり前だが、しかし深く根元的な人間像がこの作品全体を貫いている。
そしてベルディはそれを見事な1つの楽曲=オペラとして表現している。

前回のフィガロの結婚についで、これももう一度ちゃんとした舞台で観てみたい作品の一つになった。
願わくば、どこかでいちどこの舞台美術をやってみたい、そう思わせる作品であった。

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01/12/23(日)

今日も8時半起き。
朝食を取って早速ローマの街に出かける。
しかし、今日は曇り&雨という天気。
今日の行程は
宿舎の近くサンタンジェロ要塞を観て、ナボナ広場へ、
そしてまたまたパンテオンへ。

それから一端トニーノさんが居るテオトロ・アルゼンチーナによって
ドンジョバンニの仕込みを見学。
しかし、舞台ではどうもトニーノさんと演出家がもめている。
ああ、大変そう。
一応、夜また来ますといって一端劇場を出る。
昼は立ち食いピザ。
それからトレビの泉、スペイン階段、怪物の顔の家とおきまりの観光コース。
そして、2日前にいったボッロミーニとベルニーニの教会を再度見学。
しかし、ちょうど休憩時間で内部には入れず。
しょうがないので近くの国立中世美術館に行ってからもう一度挑戦することに。
しかし、この国立の美術館が最低だった。
展示品は少ないわ、金額は高いわ、改装中だわ、でものの30分で出てくる。
どうしてこうイタリアは国立とか国鉄とか郵便局とかだめなのだろうか。
どうもこの辺りにイタリアの本質的な問題があるよな気がするのだか、、。

2つの教会の内部を観てから、今度はこの近くの私設の美術館で行われている
ルナッシメント(ルネッサンス)展に入ることに。
これは力が入っていた。
内装、展示方式等々、先ほどの国立の美術館とは雲泥の差。
しかし、観ているうちに気付いたのだがどうもイタリア年の企画で上野の国立西洋美術館でやっていた
のと同じ展示であることに途中で気付く。
ああ、あれは観たのに、、。
まあ、またイタリアでみるのは違うか、、と一人納得させながら観る。
しかし、結構人が入っていたので驚く。
こちらでは日常にこれらの美術があるので企画展でもよほどの展示でないと
そんなに混まないのだが、以外とこれはイタリアでも人気があるようだ。

昨日からづーと歩き回っているので須藤さんが途中でダウン。
夜のトニーノさんのオペラは結局一人で見に行くことに、、。
ここでそのコシ・ファン・トウットについて。


-------------------Cosi fan tutto@Teatro Arzentina-------------------------

しかし一人で正解。
おそらくいっしょに来ていたら怒っていただろう。
オペラは夜9時からはじまり、なんと終わったのは深夜1時過ぎ。
休憩も入れてだが全部で4時間。
どうしてイタリアのオペラはこうも時間が遅いのか、、。
昨日も終わったのはほぼ12時。
終電とか門限とかどうなるのか。
やはりなんだか限られた人だけの楽しみという気がしてくる。

大変だった点もう一つ。
それは、座席がなかなか取れなかった点だ。
関係者ということでトニーノさんに聞いたところ、
自由席らしいからどこでも座れるよという。
安心して袖で開場をまっていたらなんと全席指定。
私はチケットを持っていない。
しょうがないからとりあえず様子を見る。
しかしどうも非常に混んでいる。
開演時間が迫ってきて空いている席はもうほとんど数えるくらいになってしまった。
しょうがないから知っている大道具さんが通りかかったときに
どこから見れるか聞いてみたら、調光室に連れていってくれた。
しかしここもどうやら関係者で満員、もう場所はないという。
大道具の彼が、始まるちょっと前に空いている席を見つけて座りなよと指示してくれる。
確かに開演直前に席を移動する人々をこちらの劇場ではよく見かける。
ああ、とほほ。
ほんと、もし二人だったらまたここでも怒らせていただろうとそちらの方が気になった。
立ち見を覚悟で下の入り口付近で一人立っていると、場内係りのおばさんが
私に声を掛けてくれた。
座る?
えっ?
座る?こっちに来なさい。
言われるままに付いていく。
下手側かなり前の方に空いている結構いい席を指して、ここに座りなさいと言ってくれる。
ああ、なんてラッキーなのか。
グラッツエ、グラッツエ!!
捨てられた子犬のようにポツンと立っていたのを見かねたのか、関係者だと解ってくれたのか、
外国人がわざわざ見に来ていい席が取れなかったので立ち見覚悟で下に降りてきたと思ったのか、、。
とりあえず、おばさんに感謝。
なんとか偶然に席を確保。
ああ、ほんと一人で来て正解。

しかし作品はなんだかつかみ所がなかった。
まず4時間は長すぎる、、。
さすがに私でも昼にあれだけ歩いて昨日もオペラ、今日は
展示会を2個観るという究極の日本人過密スケジュールで、
最後の方はなんだか、頭が熱くボーっとなっていた。

しかし今回の作品の問題はなんだろう。
楽曲はモーツアルトのあの軽やかな感じで雰囲気もいい、
喜劇仕立てでフィガロの結婚に通じる貴族階級に対するある種皮肉った感じの
戯曲とも相まって本来のこの作品はおもしろい雰囲気を持っている。
そしてこのテオトロ・アルゼンチーナは恐らくイタリアでもかなり良い劇場に
入るのではと思うほど劇場のサイズ、音の響き、舞台の広さなどがバランス良く出来ている。
実際、昨日教会の公演で不満に感じたオーケストラと歌手の声の音量のバランスもこちらの劇場は見事に
計画、設計されている。

しかし、演出のせいなのだろうか、なんだか場面転換が多すぎて全体に散漫な印象を抱く。
トニーノさんの美術は美しく、良く出来ているし好感がもてる。
しかし、2場の芝居なのに転換が8〜9回あったであろうか。
そしてそのたびに音楽がとぎれ、なんだか統一した作品のイメージが弱くなっていく。
CMの多いテレビの映画のような感じといったらよいか。

モーツアルト3作一挙連続上演というイベントチックなこの公演形態にも問題があるのだろう。
同乗させてもらった劇場から引き上げるトニーノさんの車の中で、
トニーノさんは一人怒りまくっていた。
まず、今日のこの本番の昼に最後の作品ドン・ジョバンニの仕込みを行い、
それをまた一回転換して今日のコシファントウットに戻しての公演という
過密スケジュールについて、その為案の上転換で何個か大道具がミスをした事について、等々。
まあ、去年無謀な年末年始4作連続公演という過密スケジュールで美術をやった私としても
なんだか、自分を観ているようで、ああこんなだったなーと、、。

演出は去年、2001年のローマでのイベントを仕切ったという新進気鋭の演出家らしいのだが、
どうも作品の完成度からすると今ひとつだったような気がする。
まあ、イベントとしては成功だったのかもしれないが。

しかし、伝統的な技法、ペリアクトイという転換方法等々、
トニーノさんの今回の美術は非常に勉強になったことは確かだ。
大道具の製作過程、そして仕込み、本番と通していきなりやってきた東洋人を
参加させてくれたトニーノさんにほんと感謝。

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01/12/24(月)

帰ってきた須藤さんの荷物が多かったので、
朝そのままローマ駅にむかうことにする。
今日はクリスマス・イブ。
ナポリの街もなんとなく静かだ。
夜はシェフ、キミヒコ&ツバサ夫妻の丘の上の
お宅(ここも語学学校の紹介の大家さんと同居の共同住居)
におじゃまする。
日本人4人だけのささやかなクリスマスイブ。
夜、我が家に帰る途中、深夜のミサに向かう多くの
家族とすれ違った。
ナポリのクリスマスは思いの外静かだ。

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01/12/25(火)

まるで日本のお正月。
どのお店も閉まって、街の人通りもほとんどない。
こんな静かなナポリの街は初めてみる。

午後またサンタルチア通りの方から海岸沿いを散歩する。
ベスピオ火山に少々雪が積もっている。
今日もナポリのこの海岸沿いからの景色は美しい。

海岸の先の突堤のところまでいって引き返す。
歩道の物売りと歩いているひとはほとんど外国人だ。
クリスマスの静かな一日が過ぎていく。

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01/12/26(水)

なんだか、日にちだけが過ぎていく、
まるで日本の正月のようだ。
街はまだ静まりかえっている。
家で日がな一日のんびり過ごす。
午後から雨が降り出した。

雨の合間をぬって散歩に出かける。
ちょっと郊外にある大型スーパーならやっているかもと
淡い期待を抱いてでかけるもやはりどこもお休み。

家に帰ってのんびり過ごすしか手がなさそうだ。

先日の続き、ちょっとバロックについて考えたい。
ナポリにいるとどうしてもこのバロックという様式を考えざるを得ないので。

---------------------バロックふたたび--------------------------------

私がバロック建築がどうも好きになれないその訳は、
その完成された様式性にあるように思う。
例えば、ルネサンス後期パラディオが生み出した、古代ギリシャ、ローマのオーダーに
基づくパラディアン様式なるものは、パラディオにおいては独創的な
形態であったはずである。
しかし、それをあるひとつの様式として後世が定式化すると今度はそれが
一つの基準となりそれ以降の建築はそれを元に語られるようになる。
バロックは正にそのような宿命を背負った様式であるように思われる。
ミケランジェロやパラディオがローマ、ギリシャの建築から生み出した形態を
まるで一つの普遍的なオーダーのように守り、それを元に個々人の建築家の
マニエラ(手)を加えていくといった感じ。
だからバロックの建築を観ていると、
なにかある種の制限基準を設けたコンテストのような感じを受けてしまうのだ。
私だったらこの様式はこのように表現できますよ、ここがちょっとオリジナルなところで、、
といった風に、、。

ルネサンスがやはり偉大な世紀であると感じるのは、
例えばブルネレスキが発想したあのフィレンツエの2重のクーポラなどのように、
その時代に生み出されたものが原理から考えられたある種独創的な発想をしていると感じるからだ。
ローマ建築とギリシャ建築のカタチを考察しそれが導かれた背景を原理から考え、
その時代に新たなカタチとして生かす。

それに対し、マニエリスム、バロックという世紀はそのルネサンスが到達したカタチを
なんだかある種もう完成された様式として解釈し、
それをそのまま受け継いだような時代に感じてしまうのだ。


ローマのベルニーニのあのどこにもすきのない完璧な教会を観ると、
どうしてもその前の様式からの呪縛の中にいるというイメージを受けてしまう。
なんだか、現代のもう完成されてしまっているクラッシク音楽の完璧な演奏を聴いているような
そんな感じなのだ。しかしこの演奏からは新たな様式は誕生してこない。

楕円を中央に抱いた完全に対称形をなす平面プラン、そしてパラディオが再編成したオーダーを
見事に忠実にまもりそれをさらに完璧にしたような立面。
それだけでは足りずに空隙をマニエラで埋めるその技の見事さ。
そしていつしかその手はその様式をまるで装飾文字のように歪め、流し、変形させていくのだ。
しかし、そこには原理はない。オーダーはもはやない。
カタチからカタチへ、手(マニ)によって自在に変形されていく、
その痕跡のみが現象として残る。


そしてナポリの街はこのようなバロックで埋め尽くされている。
街の外観をある種統一された様式と呼ばれるカタチで埋め尽くすと今度はなにか
その街全体が虚構性を帯びてくる。
それはディズニーランドや長崎のハウステンボスに通じる表象性ということだろうか。


藤森照信が看板建築と称したあの独特の類似的なカタチをもった明治、大正期の商店建築のように、
なんだかナポリのバロック建築をみていると同様な印象を抱いてしまう。
看板バロックといったらよいのか。
しかし、それがなんだかナポリのこの野暮ったい不思議な雰囲気を造りだしている
一つの重要な要因ではあるのだが、、。

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01/12/27(木)

今日はナポリに滞在2年過ぎというダイスケさんのお宅で
フェスタだ。
昼過ぎに山の方(ちょっと高級住宅地)のスーパーまで買い物に出かけ、
夕方7時にワインと料理(須藤さんの卵焼き)を持って出かける。
なんだか、広いお宅でなんでもブルボン王家の別宅だったとかで
巨大な広間がある。(普通は出入りできない)
そこでナポリにもこんなに日本人が、、というくらい日本人が集まってのフェスタ。
ダイスケさんの日本っぽい味のカレーがおいしかった。
初めて合う、調律師の方など総勢で20人弱。
そのうちイタリア人は3人という組み合わせ。

ダイスケさんのところの素敵なアパートは現在7人で住んでいるとのこと。
しかし、年末は同居人がみな郷里に帰ってしまうので、今日はお客のみ。
カレー2味(日本風とタイカレー)にタコライス(メキシカン)とイタリアワイン。
それに卵焼き等々。
ああ、年末。こちらは25、26日と暦の上では連休で今日はひさしぶりの平日。
街もまたいつものうるさいナポリが戻ってきた。
ああ、気が付くともう年末だ。

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01/12/28(金)

日本は今日で仕事納めだろうか。
なんだかこちらにいるとそういう感覚がない。
クリスマスはとても静かだし、
街もなんだかいつもの人の気配がしない。
しかし、31日の年越しはナポリの一番大きな広場
プレシピート広場(旧王宮前広場)でイベント&カウントダウンで
かなり盛り上がるとのこと。
一応それで、年越し気分を盛り上げておかないとなんだか
このまま2002年に突入しそうで少々拍子抜けといった感じだ。

まあ、去年の年越しは4連続で芝居の美術をやっていてなんだかわからなかったので
こういう静かな年越しもよいか。

今日は先日出かけた山の上の美術館カポディモンテの庭を散歩。
これがとても広い。
庭というよりは自然公園といった感じ。
フランス式庭園をモデルにしたと思われるこの公園の道は
王宮(現在の美術館)の中庭への入り口から全て放射状に延びている。
幾何学的な道とどこまでもまっすぐな並木道が続いている。

やはりイメージはヨーロッパの王宮だろう。
カゼルタにあるブルボン王朝の別宮の庭はパリのベルサイユを模したというくらいだから、
これもそのイメージがあるに違いない。
しかし植物がおもしろい。北の方ではこんなに茂らないだろうというくらい
鬱蒼とした森が広がっているのだ。
幾何学的な道と半分自然に帰り始めている森の植物たち。
なんだかその組み合わせがまたナポリっぽくてなんともいえない。

日は短く、空はきれいに晴れている。
しかし、ヨーローパの南のこの角度の低い夕日を直接浴びるととても温かい。

年末の静かな一日が過ぎる。

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