杉山至のイタリア日記

01/11/17(土)

ナポリ滞在一週間目。
今日はとても天気がいい。
しかし、今日は一端工房へ向かう。
明後日アイルランドのダブリンに行くためのチケットを
トニーノさんの奥さん(実質の社長さん)に電話でとってもらい、
今日工房にそれが届けられるので取りに行くという予定。
駅まで歩いて、バスに乗り工房へ。
家からだいたい一時間くらいかかる。

無事チケットをもらい、ゆっくりと駅の方まで帰ってきて明後日の為の
空港へのバスを探す。
しかし、朝6時45分発という飛行機。バスは全て6時からしか走らない。
空港までは20分と言われているが、これではいくらなんでも初めての空港では
さすがに不安だ。
オリザさんのアイルランドでの予定もまだ工房にファックスが入っていなかったので
日本時間でまだアゴラの事務所に人がいるであろう時間に電話をする。
そうこう、駅の辺りでうろうろしているうちにトニーノさんから携帯に電話が入る。
「チャオ!イタル!ファックスが来たよ。今から届けてあげよう、どこにいるんだ?」とのこと。
駅の近くで待ち合わせて無事ファックスを受け取る。
「これは予定表だからとても重要だろう。」
ああ、ほんとにトニーノさんは親切だ。
molto gentile!!

ナポリの喧噪の中で一週間を過ごす。
少々疲れがたまってきた。
夜は先日行った中華レストランでまた軽く食事する。
街はそろそろクリスマスの飾り付けの準備が始まっている。
しかしここは暖かい。

久しぶりにまたイーメールを受け取り、配信されるニュースを読む。
アメリカで飛行機がまた落ちた。
イチローが大リーグ新人賞を取った。
ああ、日本はだいぶ遠くにある。

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01/11/18(日)

久しぶりの休日。
午前中はのんびりして昼すぎに街へ出る。
旧王宮を通り、サンタルチアへ。
とても空が青い。
日曜だからかしかし、お店は全くやっていない。
その点、ナポリはベネツイアより徹底している。
いわゆるシエスタもベネツイアより長いし、食べ物屋さん以外
必ずどのお店も休みになる。

夜は明日に備えて、早く寝る。
しかし私はまだ読んでいなかった塩野七生のベネツイアの歴史の後半を
読み始めてしまい、結局夜更かし。
ああ明日は朝4時半起きで空港に向かわなければならないのに、、。
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01/11/19(月)

朝4時半に起床。
昨日の夜頼んでおいたタクシーが家の
前まで来ている。
5時に家を出て、ものの10分ほどで空港着。
チェックインして、いざダブリンへ。

ダブリンは晴れていた。
後から聞くと、滅多にこんないい天気はないそうだ。
雲が流れている。
空港に降りたって寒さを感じる。
しかし思っていたより寒くない。
UCD(ユニバーシティ・カレッジ・オブ・ダブリン)で
知り合った、本田さんがここは緯度は高いが
ブラジルからの暖流とロシアからの寒流がぶつかるところで、
天気が安定しないが、思ったより寒くならず、雪も滅多に降らない
と言っていた。

ダブリン初日、空港で電話が掛けられず、イタリア入りしたあの
日のように、また右往左往。
結局電話は繋がらず、ファックスで送ってもらった
オリザさんの予定表を頼りに、住所を探して
待ち伏せ作戦に出る。
運よく、テンプルバー(下北沢みたいなところ)でオリザさん一行に
遭遇。
ほっと一息。

夜はオリザさんの講演にご一緒してそれから
我々は本田さんの車で夜のダブリンに繰り出す。
なんでも映像関係の仕事をしている本間さんが
ここダブリンの映像文化の中心地、フィルムセンターに
連れていってくれる。
それからいよいよ本場のアイリッシュパブへ。
当たり前だがイタリアのバールの文化とは違う。
不思議な雰囲気がある。
ギネスを一杯のみ、今晩はホテルに戻る。
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01/11/20(火)

今日は終日、オリザさん一行と行動を共にする。
朝、ダブリンの海岸線を車で移動して
新しく出来たというパビリオンシアターに出かける。
オリザさんはなんだかプサンのようだといい、私は
函館のあの港の地区を思い出した。
このあたりは再開発が進み、古いタウンホールなども
外観はそのままだが内部をモダンに改装してあり美術館として
機能している。
このパビリオンシアターも再開発の一環として
新しく建てられたという。
劇場はなかなか綺麗で、使いやすそうだ。
ただ、イタリアでもそうだが、こちらのバトンのシステムには
とても驚かされる。
基本的に手動で、よく見るとシズが無い。
ただ、バトンがワイヤー吊りされていて、それがロープにまとめられて
下の綱元に止めてあるだけという仕組み。
荷重のバランスはどうやってとっているのだろうか。

ここも来年の青年団の公演候補地ではあるが、場所的にちょっと離れているのと
キャパが若干大きいか、といったところが問題。

昼は大学の教員用の学食でランチを頂く。
量が半端じゃなく多い。しかしとてもおいしい。
最初にスープ、それから厚切りのベーコンと野菜とパン。
最後にコーヒーか紅茶。
学食とは思えないおいしさ。
さらに驚いたのは大学の中で酒が飲めるところがあるということだろうか、
教員用のラウンジだけではなく、スチューデントパブと称する場所が3カ所ほど
あるとのこと。
パブという場所が果たす役割にアイルランドの文化の一端が見えてくる。

午後にはオリザさんのワークショップがある。
こちらのランゲージセンターの生徒を対象に行われる。
しかし集まったのは半数以上が日本人。
こちらで日本語を教えている本田さんの生徒さんと短期で語学留学している日本人の
学生が参加していた。
しかしワークショップはとてもおもしろかった。
アイルランド人と日本人が組になったとき、英語と日本語でセリフを言い合って
会話が成立しているのには笑った。
そして良く聞くと、日本語学科の生徒さんはたまに日本語を話していたりする。
違った言語が交錯するコミュニケーション。
そんなワークショップが展開された。


夜はまたパブへ繰り出す。
こちらの人はしかしパブでは食べない。
ただ話して飲んで、飲んで話して、、。
えんえんと時間が通過していく。
普通は何件かパブをハシゴするのが慣わしらしいが、
我々は夕飯を食べていなかったので一件目で退散。

昨日発見した日本食のお店に出かけてみる。
昨日、オリザさんの講演会のあとの小さなパーティで食べた寿司が
とてもおいしかった。そしてその寿司を作ったのがこのお店。
しかし、期待が大きすぎた。
どうも、シェフは中国人らしい。
焼きソバにはとほほ。
蕎麦がほんとに焼いてあるのだ。中華ソバではなくあの蕎麦が、、。
結局なんちゃって和食の店と判明。
しかし、2ヶ月半ぶりの和食。
やっぱり日本人。
寿司のわさび醤油に感動する。
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01/11/21(水)

一回休み。
まるで、双六のようだ。
午前中はうまくいった。
先日、こちらで知り合った本田さんに勧められた、
キルメイハン・ジェイル(監獄)に出かける。
少ない時間であるが、アイルランドの歴史を掴んでおこうと
、まず、トリニティカレッジの近くにある国立博物館に向かい、
ケルト、バイキング、それからイングランドの影響を見学。
ふむふむ、とうなずきつつ、徒歩でキルメイハンまで向かう。
これがちょっと失敗。
かなりの距離がある。
途中、教会にたちよりつつ、北方の果てのゴシックのスタイルを見る。
石が違う。イタリアの砂岩質の石とは違い、こちらの石は
堅い石だ。
ケルト以来からの巨石文化の影響だろうか。
昨日日本大使館で大使から伺ったお話を思い出す。
大きな自然とそれに対峙し構築しようとする人間の意志、
作りだしたものがこの厳しいアイルランドの自然の中で廃墟と化す。
しかし、それが一つの「風景」を作りだしているということ。
ここダブリンの空は今日も曇っている。
今日は風も強い。

30分から40分くらい歩いただろうか、途中自転車屋のおじさんが親切に
コンニチハと話掛けてきて、道を教えてくれた。
今日は午後3時45分発のミラノ行きの飛行機でイタリアへ戻る予定、
なんとか急いで見ないとそろそろ時間が危ない。

------------------キルメイハン・ジェイル----------------------

しかし、なんだかうまくいかない。現在は博物館となっているこの監獄は
展示エリア以外はツアーでないと見られない。
20分くらいで終わるだろうと軽く考えていたのだが、この場所は
アイルランドにとっては独立の象徴的な場所である。
ツアーに参加してその重さをさらに実感した。
ツアーはなんと1時間もかかった。
ツアーガイドの女性が丁寧にこの刑務所の意味、歴史、それに各々の独房に
入れられていた革命の士や女性等の事を話す。
極めつけはイースター蜂起のみでなく、アイルランドの独立への歴史と
この監獄の関係を刑務所に付属している小さなチャペルでスライドで見せる
ということだ。
スライドショー付きのツアー。
これにはびっくりした。
我々は時計を気にしながら、この刑務所から解放される時間をまった。
最後に刑務所の中庭を見学、ここは革命の士達が銃殺された場所だ。
小さな黒い十字架が立てられている。空しか見えない。
流れすぎていく雲。
11月のダブリンで凍えた体を抱えて、ツアーガイドの女性が言う。
これであなた達は自由です。
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ほんとは隣にある現代美術館も見学する予定だった。
だがもう時間がない。
走ってバスに乗ってシティセンター(街の中心地)まで戻り、
タクシーに乗ってそのまま空港へ。
なんとか1時間前に到着。
ほっと一息。
ところがここで問題が立ちはだかる。

アリタリア航空のミラノ行きの便がキャンセルだというのだ。
チェックインカウンターの人がとりあえず、アリタリアのカウンターに行ってくれという。
アリタリアのカウンターでは今日はナポリまでは帰れませんという。
「ローマまでならなんとかなりますが、、。」

どうする?
「明日でしたらローマ経由でナポリ行きがありますが、、。」
夜中にローマに入っても、見知らぬ大都会ローマである。
ナポリまで帰り着く自信はない。
「しょうがない、明日出直します。」

振り出しに戻る。
また空港のインフォメーションデスクでホテルを予約して、
バスに乗ってシティセンターに戻る。
しかし、それはさすがに一度着た道。
ものの30分もかからず、街に戻り、昨日歩いてしっている道を今度はちょっとランクの
上のホテルに一泊。


こんな時だからこそしょうがないからここは豪華にいこうということで、
須藤さんが日本食の別のレストランをホテルのインフォメーションガイドで
探し出し、そこに向かう事に。
ナポリには和食のお店はないし、まだ和食の食材も充分に探せていない。
ここは食いだめ作戦でいく。
シーフードラーメンと鳥の竜田揚げ。
さすがダブリン海鮮ラーメンはとても美味しいかった。

夜はまた、昨日みんなと行ったパブに行く。
パブ・DUKE。
ここでブルマーズを今日は頂く。
これはビールなのだが、とてもフルーティな味で
なんだかベネトのプロセッコ(シャンパンのようなワイン)を思い出す。
とてもおいしい。

ダブリンで一杯のんで一回休み。
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01/11/22(木)

今日のダブリンは晴れている。
しかし、一日の天気に四季があるといわれるくらいだから、
いつ曇るとも解らない。
のんびりとホテルで過ごし、空港行きのバス停で待っていると、
タクシーの運ちゃんが3人でバスと同じ値段で乗っけてやるよという。
私と須藤さんと近くにいたアイルランドの女性。
今日はついている。
晴れたダブリンの空の下、空港までタクシーで向かう。
さあ、今日はどうだろう、飛行機は飛ぶかな。
昨日行ったアリタリア航空のカウンターには昨日のお兄ちゃんが
座っていた。
「やあまた来ましたよ。」
すんなり処理して無事チェックイン。

ローマでの3時間のトランジット時間を入れて、
朝10時半にホテルを出てナポリの家にたどり着いたのが
現地時間の夜10時半。
時差を入れると13時間のトリップである。
ああ、ナポリとダブリン。
ヨーロッパの端から端への旅行であった。
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01/11/23(金)

久しぶりのナポリの街。
ダブリンに比べて街が汚い。
建物は18世紀の様式を残しとても立派なのに、
街は汚い。そして車はうるさい。
意味ものなくやたらクラクションを鳴らすのだ。
なんだかそれは中国のようである。

工房に向かい、今日は初めて仕事に参加。
上の作業場で床面(地ガスリ)用の布の張り込みや折り畳みを
手伝う。
午後は下の作業場で色塗り、パテ埋め等を手伝う。
作業はとても丁寧に勧められる。
時間の流れ方は日本とはだいぶ違う。
今回のこのモーツアルトのオペラの作品の場合も
上演1ヶ月半前にはすでにタタキ初めている。
これだけの準備期間があれば確かによいものが作れる。

工房でもやっとみなと少しづつうち解けてきた。
しかし、ナポリ弁はやはり解らない。
私に話し掛けてくるときは標準語なのだが
職人さん同士はなにをしゃべっているのかいまだに解らない。
ああ、前途多難。
それでも夜は手伝いに来ているアカデミアの学生(4年生)達と
車で駅まで行き。途中まで送ってもらう。
彼らはとてもまじめだ。
そして、彼らもやはり美術家を目指している。

久しぶりのナポリ。この汚い街にも少しづつ愛着が沸いてくる。
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